メケメケ

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町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

同年代のホームレスに身の上話をきいた結果……!(その3)

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ども。檀原(@yanvalou)です。
ビッグイシュー』販売員の身の上話、第3回です。

* * *

僕はそんなに強くない

当時野球に打ち込んでいたNさんだったが、前述の通りギャンブル沼にハマり込んでもいた。その影響は家庭生活を狂わせていき、やがて破綻させた。野球をつづけるのもむずかしくなった。

妻との出会いは21歳のとき。相手は19。16年一緒にいた。
離婚に際して相手の気持ちは訊いていない。向こうは「離婚したい」の一点張り。「分かるでしょ」しか言わないので理由は訊けなかった。しかし彼女がチラッと言ったことは覚えている。
「借りたんなら、きちっと返す努力しろよ!」
借金をつくったのならつくったで、返せばいい。しかしそれが出来ない。この人はアテにならない。そういういい加減なところがいやなのかな、とNさんは述懐する。

離婚して野球もつづけられなくなり、ついに金を借りることも出来なくなった。仕事も変え、住所も変えた。住民票は移していない。

借金は5社からしていたが、いまも知らんぷり。踏み倒したという意識も実感もない。ホームレスから堅気の生活に戻ったら、取り立てられるのかも知れない、とNさんはぼんやり思う。問題を先延ばしにして放置したままでもなんとかなっている。だから苦労して解決しようという心積もりにはならない。

別れた妻とは離婚して14年。連絡はぜんぜんをとっていない。3年くらい前に話したのが最後だ。妻には本当に迷惑をかけた。特に実母が亡くなったときには親身になってくれたので、申し訳なく思っている。
子供にも会ってない。上の子は20、下は18。既に上の子が小学校に上がっていた関係で、妻と子の苗字はいまも結婚当時のままである。急に名前が変わると、子供の学校での立場に影響する。だから妻が希望したのだという。
最後に連絡したときは、まだ相手は再婚していなかった。
「でも、いい人はいるんじゃないかな。それはそれでいいことなんですけどね」
悟りきったようにつぶやくNさん。気持ちの整理はとうについているらしく、どこかの国の政治の話題でもしているかのように、どこか距離のある口調だった。

気がついたらホームレスになっていた。ネットカフェと飯場貧困ビジネスの施設を渡り歩いた。集団生活が性に合わないので、飯場や施設からネットカフェに移って日払いの仕事をし、それが辛くなるとまた集団生活に戻った。なんの展望もなかった。

とは言え、かならずしも流されるままになっていた訳ではない。再帰を試みた時期もあった。それは販売員になってから2年後の2016年7月頃だった。
前述の通り、『ビッグイシュー』からの収入は月に5〜6万円程度である。食事をしたり日々を凌ぐことは出来るが、これだけでは自立はむずかしい。そこで役所に行って生活保護を申請した。自立のための手助けをしてほしい、と思いの丈をぶちまけた。

申請は受理され、三吉町の簡宿(簡易宿泊所)に部屋を借りた。三吉町という地名は聴き慣れないが、じつは広義の寿町である。ご存じの通り、寿町は「日本三大ドヤ街」のひとつ。日本版のスラム街といっても過言ではない。寿町や松影町に住んでしまうと、「ドヤ住まい」ということで仕事が見つけられない。だから戦略的に住所が三吉町の物件を選んだ。

その甲斐もあって、めでたくアルバイトが決まった。最初は警備員。それから観光船の会社で働いた。バイト勤務は月の半分くらい。残り半分は『ビッグイシュー』を継続した。

そうこうするうちに生活が軌道に乗りだし、1年経つ頃にはケースワーカーから「簡宿ではなく、一般のアパートに住んでみませんか」と勧められた。そうして2017年の2月頃アパートに移った。さらに1年経つ頃には稼ぎが安定し、生活保護の基準を越えるようになった。Nさんは生保を卒業。社会復帰を果たしたかに見えた。

ところが、ここからがいけなかった。なにかを勘違いをしてしまった。自分が道を踏み外した過程を忘れてしまったのだ。懲りていなかったのだとも言える。
Nさんは再びギャンブルに手を出してしまった。程なくして生活を廻しきれなくなり、路上に逆戻りしてしまったのだ。

せっかくのチャンスを、軌道に乗りかけたときにつぶしてしまった……。
この事実は重くのしかかった。
「自分の過去を清算せずに、苦労を回避してきたツケが回ってきたんです」とNさんは言う。

申し訳ないけれど話を聞いていた私は、古典落語の世界に入り込んでしまったかのように感じてしまった
「子別れ」の大工や「芝浜」の魚屋のように、飲みすぎて失敗が続き、さっぱりうだつが上がらない裏長屋の住民が、落語の登場人物には多い。酒が好きで好きで、何度失敗してもやめられないタイプ。こんなダメ男に女房が言って聞かせるが、たいてい上手くいかずにオチになる。
落語と違ってNさんは飲むのは苦手。「打つ」のと女遊びが専門だというが、懲りないところや貧乏なところ、なんだか憎めないところがそっくりなのである。

私はNさんに「今後の目標のようなものはありますか」と訊いてみた。

Nさんは「これからどうしたい、というのがないんです」と自嘲した。

「これから先、出口もなさそうですし、こういう時間が長すぎると、今更ねぇ……」

「正直な話、『ビッグイシュー』からの卒業は無理だと感じます。金銭感覚が足枷になって、いいことがあっても、いつぶち壊すか分からない。1度立て直したのに失敗したので、余計自信がなくなりました。
常連客の中には『気持ちがあれば何度失敗しても大丈夫』と励ましてくれる方もいますが、僕はそんなに強くないんです。それが出来るならここにいませんよ」

「少しでも僕を元気づけようと、皆さんが気を遣って声をかけてくれたり、話相手になったりしてくれるんですが、いまはもう『これならこれでも、いいのかな』と思っています。
贅沢したい訳ではないし、これで楽しい時間を過ごせれば、僕にとっては良いのかな」

「こういう立場にいると、人や社会とのつながりが希薄になるのが一番の問題点だと僕は思っていて。丸1日やることがなかったり、人と話さないと本当に頭がおかしくなると思う。

僕と同じ立場の方たちのことですが、じつは僕も良く分かりません。生きていくなかで、少しでも精神的に安定していることがなにより大切だと思うんですが、みなさんどうしているんでしょうか?
僕が孤独にならないで済んでいるのは、『ビッグイシュー』を売っているからだと思います」

【追記】

この原稿を書き上げた後、Nさんに確認してもらおうと思い、関内駅北口に足を運んだ。しかし何度出向いても、いつもいるはずの彼の姿がない。おかしい。

Nさんお手製の販売スタンドは、定位置に置かれたままだ。ふと目をやると、手書きのメッセージが貼られているのに気づいた。

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どうやら彼は、金銭トラブルを起こして逃げてしまったらしい。
気持ちを宙づりにされたまま、僕はこの原稿をアップした。

*2019.5.5 タイトルを変更しました