メケメケ

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町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

自殺したはずのゴッホは、なぜ歩いて帰ったのか─画豪の死にまつわる謎

ども。檀原(@yanvalou)です。

皆さん、画家のヴィンセント・ヴァン・ゴッホはご存知ですよね?
そう。「ゴッホより、普通に、ラッセンが好き」のゴッホです。
独特なうねるような表現で知られるゴッホ。自分の耳を切り落とすなどの奇行に走った上、最後は自殺したといわれていますよね。

ところが先日あるトークイベントで耳にしたのですが、近年ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの死に関して、「自殺ではなく他殺だったのではないか」という説が近年注目されるようなのです。気になったので調べてみました。

 

ゴッホ他殺説とは?

この説は2011年に発表されたスティーヴン・ネイフ(Steven Naifeh)とグレゴリー・ホワイト・スミス(Gregory White Smith)による伝記『ファン・ゴッホの生涯(上)(下)』(国書刊行会 2016年)において詳しく主張されており、大きな話題を呼んだそうようです。


【 ファン・ゴッホの生涯 下】

◆ 通説:自殺説

一般的に受け入れられてきた説では、1890年7月27日、フランスのオーヴェル=シュル=オワーズで、ゴッホは自身の胸を銃で撃ち、数日後の29日に死亡したとされています。遺体の周囲には遺書はなく、使用された銃も見つかっていませんが、ゴッホ自身が「自分でやった」と語ったことから自殺と結論づけられてきました。

◆ 新説:他殺説の主張内容

ネイフとスミスの他殺説の要点は以下の通りです。

1. 銃の発射角度と位置の不自然さ
ゴッホは斜め横の腹部に銃創を負っていた。自殺ならばもっと胸部や頭部、あるいは真っ直ぐな角度のはずで、傷の位置や角度は不自然だと指摘されます。

2. 銃と遺書が見つかっていない
使われた銃器は現場にも周辺にも見つかっておらず、通常の自殺事件とは異なる。また、ゴッホ筆まめでありながら、遺書を残していない。

3. 少年たちとの関係とその背景
ゴッホは地元の10代の少年たち(中でもルネ・セクレタンという名前が挙がる)と親しくしていたが、彼らは時にゴッホをからかったり、彼の風変わりな様子を面白がっていたという記録があります。ルネは父の銃を持ち歩いており、その銃が何らかの事故や遊びで発射された可能性があるとされています。

4. ゴッホの性格と晩年の心境
ゴッホは死の直前まで非常に生産的に絵を描いており、「空があまりにも美しい」などと語っていたことから、自殺する兆候は見えなかったと一部の研究者は指摘。もし他殺だったとしても、ゴッホは犯人を庇うために「自分でやった」と言ったのではないか、という説もあります。

5. 自傷場所と帰宅の不自然さ
ゴッホが自らを撃ったとされる場所から自宅までは離れており、通説通りであれば自らを撃ってからわざわざ自宅まで歩いて帰ったことになっています。なぜ自宅で自殺を試みなかったのか? 不自然さが残ります。

 

自傷場所と帰宅の不自然さ」を掘り下げて考察する

自傷場所と帰宅の不自然さ」こそ、まさに「ゴッホ他殺説」の中でも特に重要な論拠のひとつです。

 通説によると:

ゴッホは1890年7月27日、夕方、オーヴェル=シュル=オワーズ郊外の畑で自らを拳銃で撃ったとされます。
そこから数百メートル(約1kmとも)離れた宿屋「ラヴー亭」まで、自力で歩いて帰宅し、その後2日間苦しんで死亡したというのが定説です。

 不自然な点:

  • 致命傷を負った人間が、なぜ徒歩で帰宅できたのか?
  • 腹部を撃ち、内臓に損傷を受けていたにもかかわらず、長距離を歩いて帰宅したという点が不自然です。
  • 傷口の位置も「横腹」であり、自殺にしては不自然(普通は胸部や口内を狙う)。
  • なぜ宿(自室)でなく、わざわざ郊外で自殺を?
  • 精神的に不安定であったとはいえ、自宅や室内で自殺を試みる方が一般的には合理的。
  • 畑という開けた場所、しかも日中の時間帯を選ぶのもやや不可解。
  • 使用した銃は発見されていない
  • 歩いて宿に戻ったのであれば、銃を持ち帰るか、現場近くに残すかしていたはず。にもかかわらず、銃は現場にもどこにも見つからなかった。
◆ 他殺説の視点からの説明

このような矛盾を説明する形で、ネイフとスミスらは以下のように考察しています:

  • ゴッホは撃たれたのではないか?
  • 地元の若者たち(特にルネ・セクレタン)が持っていたピストルで、何らかのトラブルまたは事故によりゴッホが撃たれた可能性。
  • ゴッホは彼らを庇い、「自分でやった」と語ったのかもしれない。
  • ゴッホ自身が自殺目的でその場所に行ったのではなく、何者かとの接触・遊び・衝突があった可能性。
  • 帰宅できたのは致命傷ではなかったから。
  • すぐに命を落とすような傷ではなく、数時間は意識があったことが記録から分かっている。
◆ 医学的・物理的にも異例
  • 銃創の位置(右下腹部)は、自殺者が自分で銃を撃つには不自然な角度。
  • 弾は体内に留まっておらず、どこに行ったか不明→事故または他者関与の証拠隠滅の可能性。
  • 絵具道具も現場に残されておらず、ゴッホが本当に絵を描いていたのかも不明。
◆ 現地調査でも矛盾が浮上

現在、ゴッホが「撃たれたとされる場所」には記念碑が立っていますが、その場所の選定も後年の推定に基づいており、確証があるわけではありません。一部の研究者は、「銃撃されたのは村の中心近くで、当時ゴッホがよく通っていた場所だったのでは?」とも推測しています。

 

ゴッホの自殺を報じた新聞(L'Echo Pontoisien 1890年8月7日)

 

ルネ・セクレタンの回想

ゴッホを撃った可能性があるとされるルネ・セクレタン(René Secrétan)は、ゴッホの死に関連してしばしば名前が挙がる当時16歳の少年で、彼の回想は1956年にフランスのジャーナリスト、ギュスターヴ・コキュヨ(Gustave Coquiot)や他の研究者によって取り上げられ、また1990年代に再評価されました。

以下に彼の回想の要点と、それがどのように「ゴッホ他殺説」に影響を与えているかをまとめます。

◆ ルネ・セクレタンとは

ゴッホが晩年を過ごしたフランスの村オーヴェル=シュル=オワーズに滞在していた裕福なパリの少年。兄とともに夏をその村で過ごしていた。ルネは「カウボーイごっこ」に興じるなど、かなり派手で目立つ少年で、村でも有名な存在だった。

◆ セクレタンの回想(1956年の証言など)

1. 「ゴッホとは知り合いだった」
ゴッホと何度も顔を合わせていた。「彼は変わった人物で、面白がって観察していた」と語っている。ときおり彼をからかったり、冷やかしたこともあると認めている。

2. 「銃は所持していた」
兄弟で父親のピストルをこっそり借りて持ち歩いていたと証言。「ゴッホにはその銃を見せたことがあったかもしれない」とも述べている。

3. 「ゴッホを撃ってはいない」
ゴッホの死に関与したことは完全に否定している。彼の言葉では「彼が自殺したと聞いて、最初は信じられなかった。でも自分たちが関係していたとは思っていない」とのこと。

◆ セクレタンの証言が問題視される理由

なぜ今になって注目されるのか?
クレタンがゴッホの死について語ったのは事件から66年後であり、記憶の信憑性に疑問がある。しかも「自分は撃っていない」と念入りに否定していることが、「逆に怪しい」とする見方もある。

 他殺説支持者の主張
彼らはセクレタンの証言を「無意識に罪を回避しようとする心理」の表れと読み取る。少年が持っていた銃が誤って発射され、ゴッホに当たった可能性を指摘。ゴッホがセクレタン兄弟を庇い、「自分でやった」と言ったのではないかと推測される。

 

ルネ・セクタンによる犯行を描いたX/Twitterのポスト

 

◆ 関連エピソード:服装とゴッホの変身願望

クレタンの証言の中には、「ゴッホが自分のカウボーイ衣装に憧れていた」「ゴッホはその服を借りて写真を撮ったがっていた」といった逸話もあります。これはゴッホの変身願望や若者への憧れ、精神的な脆さを象徴する逸話としても扱われます。

◆ セクレタンの後年の沈黙

ルネ・セクレタンはその後、社会的に地位ある職業についたとされ、公の場でゴッホの死について語ることはほぼなくなりました。彼の生涯にはこの出来事についての「説明責任」や「告白」のようなものはなかったため、今も「彼は真実を語らなかったのでは」という疑念が残ります。

◆ まとめ:セクレタン回想の意味
  • 伝統的自殺説    ゴッホに関心のあった近所の少年の一人にすぎない。無関係。
  • 他殺・事故説    彼の持っていた銃が事故で発射された可能性がある。回想は自己防衛
  • 文化史的意義    「若者の無邪気さ」や「芸術家の孤独」が交錯する象徴的な事件。

 

他殺説への批判と反論

この説には当然ながら反論も多く、主なものは以下です。

  • ゴッホは精神的に非常に不安定だったことは間違いなく、以前にも自殺未遂をしていた記録がある。
  • 「空が美しい」といった言葉は、むしろ死を覚悟して世界を見ていた人の発言とも解釈できる。
  • ルネ・セクレタンが「銃を使ったのは認めるがゴッホには撃っていない」と生涯否定していた。

 

ゴッホの墓 :撮影 Djiril5c(CC BY-SA 4.0)

現在の評価

この説は今のところ「通説を覆す決定的な証拠」は提示されていないため、あくまでも「興味深い仮説の一つ」とされています。しかし、医学的証拠や状況証拠に矛盾があることは専門家の間でも議論の対象となっており、ゴッホの最期に対する理解が広がる契機となっています。

 

関連資料

  • 『Van Gogh: The Life』(2011年)
  • 『Van Gogh's Ear: The True Story』(米テレビ局PBSのドキュメンタリー)

ジュリアン・シュナーベル監督の映画『永遠の門 ゴッホの見た未来』(2018年)もこの説を取り入れて描かれています。


永遠の門 ゴッホの見た未来(字幕版)

 

* * *

 

「なぜ自宅で自殺を試みなかったのか?」
「致命傷を負って歩いて帰宅したというのは現実的なのか?」

という点は、自殺説を疑問視するきっかけとして非常に強い説得力を持っています。
近年の他殺説の浮上は、まさにこれらの点を「不自然だ」と捉え直すところから始まっているのです。

近年、やはり自殺(あるいは事故死)したとされるローリングストーンズのリーダーだったブライアン・ジョーンズの死に関して、他殺説を採用する映画が立て続けに公開されまています。ブライアン・ジョーンズに関しては、警察の調査報告書が非公開になっており、その期限が過ぎれば全貌が明らかになるとされています。

ゴッホの場合、未公開の調査報告書はありません。
しかし、さらに研究が進めば、真実が明らかになる日が来るかもしれませんね。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!