Photo by Nexxo - Wikimedia Commons
俗にwebライターと呼ばれる人たちとライターと呼ばれる人たち。
両者の間には、どんな違いがあるのでしょうか?
ここでは仮に、webライターを「webメディアおよびクラウドソーシングを主戦場とする執筆業従事者」と考えて話を進めることにしましょう。
逆にライターは「新聞雑誌などの紙メディアに限らず、企業の広報誌、タウン誌、広告業界、同人メディアなどを主戦場とする書き手」だとします。
Web の仕事の特徴としてしばしばあげられるのは単価の安さですが、字数の少なさ、編集者の影の薄さなどといった傾向もあるでしょう。
日々、そうした仕事をこなすライターの特徴は、「(表現手段ではなく)純粋に金を稼ぐ手段としてライティングに励む傾向がある」ということではないでしょうか。
日本語で「仕事」を意味する単語が、英語にはふたつあります。
ひとつは job。
もうひとつは work です。
おそらく日本人の大部分は、この二つの言葉の使い分けをしていないと思います。
「ライフ/ワークバランス」や「やりがい」「生きがい」、あるいは「ほんとうにやりたい仕事」などの議論が行われる際、このふたつの概念が切り分けられていないため、話が混乱していると感じることがあります。
job というのは、生業(ナリワイ)のことです。食べていくために日銭を稼ぐ仕事です。
work というのは「ライフワーク」の work です。生き様や生きがいと直結する仕事で、報酬が発生するかどうかは関係ありません。
無報酬のこともあれば、莫大な稼ぎになることもあります。
典型的な work の例は、芸術家の仕事でしょう。
働き手のアイデンティティと深く結びついているケースが多いですが、必ずしもそうとは言えません。
たとえばボランティア業務も work だと思います。
日本語だと金銭的な報酬が発生しないボランティアは仕事ではありませんが、英語世界の概念だと仕事(work)に当たります。
駆け出しのアーチストや小説家が作品を制作するとき、外野が揶揄して「食べていけないんだから、それは趣味だ」などと言います。しかし稼ぎに結びついていてもいなくても、英語で言い表すときは「仕事(work)」です。
さて話を戻します。
web ライターの大きな特徴のひとつは、「job には熱心だが、決して work に手を出さない」ことだと思います。
web 上で Web ライターに関するあれやこれやが議論されていますが、誰もこの点に触れないのが興味深いです。
「私は1文字1円以下の仕事は卒業した。だから Web ライターじゃない」と主張する人もいますが、そういう人に限って work には見向きもしません。
彼ら/彼女らのモチベーションは金稼ぎであり、Web 媒体などで露出が増えていくことです。彼らの指標は稼ぎです。
リスクが発生する企画……たとえば趣味性や専門性の高いカルチャー系のトークイベントとか、需要の読めない商品の開発、社会的起業(ソーシャルデザイン/ソーシャルビジネス)的な仕事、あるいはアーティスティックな作品の制作……には、決して手を出しません。
job の呪縛に捕らわれず、work に楽しみを見いだしたとき、書き手は web ライターを卒業しライターへと脱皮したことになると僕は思うのです。
かつてライターがかっこいいと思われていた時代、スターライターたちは work に手を出していました。
角川の雑誌「ダ・ヴィンチ」などで活躍する北尾トロさんは、work に積極的な人です。
かなり早い段階でネット古本屋を開業していましたし、出版不況が叫ばれる中、個人資本で雑誌を創刊するなどしました。
極めつけは長野県伊那市高遠町で展開した「本の町」プロジェクトです。
本の町プロジェクト : http://hon-no-machi.com/
ブックフェスティバルは、9/17-19の3日間にて開催します!ブックスポットの補充にこの自転車で周ります。今は、まだまだこのままでは回れませんがメンバーで当日までに仕上げていきます!どこかで、ペイントワークショップも考えています! pic.twitter.com/to7B1nUm0h
— 本の町 高遠 プロジェクト (@booktowntakato) 2016年7月15日
イギリスにある世界的に有名な本の町「ヘイ・オン・ワイ」に触発され、「日本にも本の町を作ろう」という勝手連的なプロジェクトを展開したのです。
舞台となった高遠町は田舎です。2006年に発表された合併前の統計では、人口は6,758人に過ぎません。
もくろみ通り本の町が出来たとしても、儲からないであろうことは容易に想像できます。
言ってみれば、ロマンのために無謀な挑戦をしたわけです。
このプロジェクトは大失敗し、トロさんたちはほんの数年で高遠から撤退。
「都会からやってきた物好きが、半端な気持ちで町おこしに手を出しやがって」という具合に、外野から集中砲火を受けることになります。
誤解のないように言い添えますが、トロさんとは直接面識がありますが「売れてる、売れてない」ということをすごく気にするタイプです。
砂金掘りをするようなタイプの人ではありません
しかしときどき、こういう思い切った行動をします。
(さすがにこのときばかりは、奥さまはものすごい危機感を感じられたようです)
堅実な web ライターたちは、決してこういう計画には手を出さないでしょう。
しかし文化の発展に寄与する仕事は job ではなく work であるケースが圧倒的です。
産業としてのライティングに関与するのが web ライター、営利行為のみならず浪漫あふれる文化的・創造的な営みにも手を出すのがライターだと言えるのではないでしょうか。
本当に書くことが好きだったり、自由になるための手段だったりするのであれば、job としてのライティングにこだわる理由はないでしょう。
web ライターと一般的なライターのちがいは、ほかにも考えられます。
例えば、企画を考え、売り込むことがライターは仕事の一部ですが、web ライターにはそれがほとんどないのではないでしょうか?
企画に対して、採算を度外視して取り組めたら、それが job から work に転化するタイミングなのかも知れません。
ここで僕が言いたいのは、web ライターとそれ以外のライターを分別する要素を新たに提案したいということです。
job としてのライティングはダメだと言いたいわけではありません。
会社や企業社会の呪縛から自由になりたい、という発想自体がひじょうにサラリーマン的(あえてビジネスパーソンという言葉は使いません)だと思うのです。
もう少しゆるく考えませんか?
トップ画像は、ヘイオンワイのヘイ城中庭にある正直者書店。屋外に書棚が設けられている(出典:Wikimedia Commons 撮影者:Nexxo)。