メケメケ

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町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

一見コワモテのプロ漫画アシスタントさんに、業界の話をきいてみた

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プロ漫画アシスタント敦弘さん


待ち合わせ場所に現れたのは「漫画家のアシスタント」というイメージとは裏腹な、いかつい風貌の男だった。腕には、がっつり墨が入っている。刺青自体、いまや珍しくなくなった。とは言えまだまだ市民権を得ているとは言えず、そういう意味でも異色のアシスタントだった。

「漫画家は大人しい人が多いです。業界で入れているのを見たのは、自分を含めて2人くらいです。自分は異質中の異質ですね」と、この男、敦弘は語る。

話してみると、案外普通の人だ。ひとまず安心する。

敦弘さんの経歴は立派なものだ。プロとして漫画アシスタント歴は、今年で26年目になる。『NARUTO-ナルト-』『デスノート』『シャーマンキング』『ROOKIES』など数十箇所で数多くの作品に関わってきた。

著作も出しているが、著作権フリーの背景画集にもかかわらず、『ナルト』の岸本斉史、『ROOKIES』の森田まさのりなどがコメントを寄せている。これだけでも敦弘さんの業界でのポジションが伺えよう。アシスタント歴四半世紀はダテじゃない。

【第1弾フリー素材背景イラスト集、森編】
【第2弾フリー素材背景イラスト集、荒野編】
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Q:Twitterのプロフィールによると、これまでに多くのヒット作に関わっていますが、フリーのアシスタントということになるのでしょうか?

敦弘(以下「あ」):フリーですね。就職はいやだったんですよ。「縛られたくない」という気持ちが大きくて、サイバーエージェントグループの Cygamesサイゲームス *ゲーム制作会社だが、「サイコミ」というコミックスレーベルも運営している)からの誘いを断ったり。当時既に「学校で教えていた」という理由もありましたし。

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敦弘さんからは「修行中」とか「夢追い人」のような気配は感じられなかった。

通常アシスタントは下積みして、経験積んで、実績出して……と階段を上がっていくが、敦弘さんの価値観は違う。職人に徹しているのだ。映画制作の現場でいうところの「撮影監督」や「照明技師」のような、専門職のマイスターなのだ。売りにしているのは背景画。作品あるいは場面に応じて、同一の絵をさまざまなタッチで描き分ける。作画はペンとインクを使ったフルアナログだ。筆捌きは動画で確認することが出来る。

 

youtu.be

アシスタントというと影の役回りのイメージがある。しかし敦弘さんの活動は裏方に留まらない。専門学校で教えたり、本を出したり、YouTube のチャンネルを開設したりと、表に出る機会が少なくない。技術を活かして面白いことをやっていきたいのだ。

「前座修行を16年間つづけた」という落語の立川キウイのような、苦労話やある種の達観ぶりを半ば期待していたのだが、そういう浪花節の世界からはほど遠い


親から受け継いだものづくりの遺伝子

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Q:敦弘さんは「作家(漫画家の先生)になろう」とは思わないんでしょうか? アシスタントは作家になるための修行期間というのが、一般的なイメージだと思うんですが、敦弘さんはそういう風には見えませんよね?

あ:俺は入り込みやすいんですよ。7、8年くらい前、ホラー漫画を2年間描いていたんです。共感力が強すぎて「『お化けになるくらい人を恨む』ってどういうことだろう」と考えていたら、人に心配されるくらい顔色が悪くなって。ネームを考えたり、暗い映画を観たりすると、長いときで1ヶ月くらいその世界に入り込んでしまうんです。共感力が強すぎるんだと思います。

入り込む自分とは別に、それを客観視できる自分がいれば良いんですが、俺にはそれが欠けています。2つ揃っていないと作家になるのはむずかしいですね。

Q:小さい頃はなにになりたかったんですか?

:叔父が工務店を経営しているんです。だから自分も大工になりたいと思っていました。
母親は裁縫を教えていて、自分も手先は器用です。学校の授業をまともに受けたことはないんですが、美術、技術、家庭科など、なにかをつくる授業は好きでした。裁縫はいまも好きですし、電気関係の修理もある程度出来ます。

Q:学校の授業をまともに受けたことはない」というのは、風貌そのままですね(笑)

あ:家が工務店なので、それ風の人が身近な存在としていました(笑)

Q:漫画家になったきっかけは?

あ:スクウェア・エニックスマンガ大賞」の募集を見て、賞金の200万円に釣られて応募したことですね。最終候補に残ったんですよ。まだスクエニが『月刊少年ガンガン』を出す前のことです。

Q:最初の現場は誰先生でしたか?

あ:西野公平さんの『ラブ&サイコ』でした。やはり最初は「舐められちゃいけない」と思い、必要以上に肩の力が入っていました。仕事が出来ないのはまずいですもんね。

漫画家として適正があるかどうか、未だに分かりません。ただ、実力次第ですぐに評価される点は、自分には向いてると思います。

 

とにかく作業の手本を見せないと伝わりません

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そんな敦弘さんだが、とにかく大のゲームが好き。「ゲームであれば、アナログでもデジタルでもなんでもやります。断トツに好きなのはゲームですね」というインドア派の顔を持つ。キャンプやウインタースポーツも好きだというが、映画や音楽などのエンタメ好きでもあり、要するに生粋のクリエイターなのだ。

あ:漫画も読みます。ふつうの人よりたくさん読んでいると思います。でも仕事目線で構図を見たり、構成を分析したりしながら読むので疲れます。学校で教えるときに論理的に説明できないとまずいからです。職業病みたいになってますね。

その一方、ファン目線での熱さも失っていない。

あ:漫画家同士で集まると、作品について熱く語り合うんですよ。まずお互いにどれくらい知っているのか、探り合いが始まります。みんな根がオタクなんですよ。
「好きな作品のためなら、仕事を犠牲にしても見に行くでしょ!」と言い合ったりとかね。

「作品について熱く語り合う」という漫画家同士の交流を聞いて、羨ましくなってしまった。ライターが集まったとき、話題になった本について熱く語り合うという話は聞いたことがない。みなノウハウや取材の裏話を知りたがるが、どこまで鑑賞の対象としているか疑わしい。同業の有名人の作品にはまれる人はどの程度いるのだろうか?

あ:ただオタク度合いは世代に拠ります。僕の世代はコアな人が多いですが、20代は全体的に浅いかな。作品を見ていなさすぎて、熱量を感じません。
僕らの世代からすれば「見ていて当たり前」と思うものすら見ていないんですから。ジャンプ好きなのに、『ドラゴンボール』読んでいないとか。世代によっては『ナルト』さえ読んでいない。

僕らの頃は過去に遡って名作を読むのが当たり前でしたが、今の子は手塚作品さえ読んでいなかったりします。

Q:『ナルト』を読んでいなくても漫画家になれるって、逆にすごいですね……!

あ:業界全体で昔は現場で若い子に教える余裕もあったのですが、デジタル化が進行した結果、在宅作業が増えて教えられなくなりました。絵を覚えられないし、現場を知らないという事態になってしまっています。

漫画にはまだまだ需要があるし、漫画への恩返しで若手を育てていかないと技術が途絶えてしまう。だから学校で教えていますし、出版社からもよく話が来ます。ただ漫画の指南書は年間何冊も出ているし、10年前のものがまだ売れている状態です。

版元には「動画で作りましょう。説明しましょう」と提案しているんです。実際は動画だけだと分かりづらいので、動画も本も必要です。

 

youtu.be

あ:とにかく実際に描いて作業の手本を見せないと伝わりません。でもほとんどの学校では、課題を出して提出物に対して直しを入れます。そうではなく、作業風景を見せる必要があるんです。


デジタルとアナログ

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Q:漫画の世界ではデジタル化はどの程度進んでいますか?

あ:いま、漫画の世界はほとんどがデジタルです。ただし少年漫画はアナログが多いんです。『ガンガン月刊少年ガンガン』などは例外で90%デジタルですが。

大きく分けると、「作画からフルデジタル」の場合と「トーン貼りなど仕上げ作業だけデジタル」の場合があります。

じつはいまゲーム業界お仕事マンガの『チェイサーゲーム』のチーフアシスタントをやっています。これは出版社ではなく、サイバーコネクトツーというゲーム制作会社が制作している漫画です。社長が原作者で社員が漫画を描くという体制なのですが、この会社が漫画に取り組むのが初めてという状況でして、社長と知り合いだから手伝っているという形です。スタートから7ヶ月経って、やっとみんなが馴れ始めたところですね。

 

www.famitsu.com

『チェイサーゲーム』の現場が特殊なのは、「担当編集者が制作にタッチしていないこと」だという。通常、漫画の制作は漫画家と編集者がタッグを組んで行う。編集者は企画の立案から関わり、ストーリー展開やキャラクターの設定まで、作画以外のあらゆる作業に共同制作者のような立場で関わるのが普通だ。 しかし『チェイサーゲーム』の場合、編集者は原稿を受け取るだけで、制作には関わっていないのだそうだ。

あ:掲載媒体は『ファミ通.com』(https://www.famitsu.com/)ですが、珍しいケースだと思います。作画は『チャンピオン』で20年くらい描いていた人が担当しているのですが、周囲が漫画に馴れていません。俺ともう1人がスタッフを揃えました。

原稿も特有の問題があって、例えば写植を内部で処理しているんです。吹き出しのフォント選びや級数指定は、通常編集者の仕事です。漫画家は手を付けません。しかし担当がいないので、はじめて写植をやりました。初体験でしたので一苦労です。

フルデジタルの世界だと、たとえばウェブ媒体の『comico』や『WEBサンデー』、他媒体でも新人などは漫画家自身がフォントもつけるので、漫画原稿制作ソフトの「ComicStudio」に付属のフォントを指定しているようです。ただ一般的ではないですね。

ほかの問題として「2値化」の問題があります。紙媒体では絵はモノクロですが、ウェブではグレーでも問題ありません。ドットの目が細かいスクリーントーンを使うと、モニター上でモアレを起こして汚く見えることがありますから、ウェブ漫画ではトーンを使いません。逆にウェブに掲載した作品を紙で出すときは、グレーの部分をトーンに直すんです。

モニターの大きさも解像度もさまざまですから、これは仕方がない部分です。将来すべてのモバイル端末が8K とかになれば解決するのかも知れませんが、今はね。

 
まさに移行期特有の現象と言えるだろう。とは言え、漫画業界の制作環境自体はずっと変わっていない。アシスタントのギャラは20〜30年前から横ばいで、下手をすると下がっているくらい。ブラック中のブラックと言える労働環境なので、「そろそろ崩壊するかも知れない」と敦弘さんは言う。

あ:純粋にただのアシスタントだと暮らしていくのが精一杯で、贅沢は出来ません。フリーのアシスタントで自分より稼いでいる人はいないと思います。自分の場合はアシスタント以外にも稼ぎ場所があるので、やっていけています。

現在は、平日週5日はフルで『チェイサーゲーム』。土曜日は工学院の講師。それから月1回原宿の絵の塾で朝9時から夜9時まで教えています。残りの時間は自分の本作りに充てていますね。忙しいので、来年は決まった休みが週1日欲しいです。

 

漫画の世界はみんなつながっている

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Q:ブログに切り絵の作品を制作過程と一緒に上げていますよね?

あ:切り絵は時間を取られるのでご無沙汰しています。作業が細かいので、掌より小さいサイズをつくるのに8時間。作品1枚作るのに3ヶ月くらい掛かるんです。条件の良い話があったらやりたいのですが、なかなか思うようにはなりません。

 

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Q:漫画以外の絵の分野、たとえばイラストの仕事をしようなどとは思わないんですか?

あ:多少やりたい気もしますが、ずっと絵を描く仕事をしていて、更にイラストもやろうという気にはなれないです。そんなに絵を描くのが好きではないんですよ。金の発生しない仕事はしたくないというか。

漫画家は疲れてきたら、気分転換で落書きを始めるんです。でも俺は絵がそこまで好きな訳じゃない。漫画を描いてる間はひたすらしんどいと思っていて、「でも描きたい!」と感じるのは、次の日になってからですね。

 
仕事を離れてもなお、常に絵を描き続けるプロ漫画家。恐るべし。「画狂人」と呼ばれた葛飾北斎顔負けである。

逆に僕は「そんなに絵を描くのが好きではない」という敦弘さんに共感してしまった。「好きを仕事に」という使い古された言葉がある。しかし多くの人の「好き」は、息抜きさえも侵食するほどではないと思う。敦弘さんの「好き」の基準は、漫画業界にどっぷり浸かっているうちに引き上げられてきたのだろう。

あ:漫画の世界はみんなつながっている印象があります。何かしらの飲み会に行くと、必ず知り合いがいる。使える人だけが残っていく世界ですからね。そのなかで仕事を廻しあっているんです。


漫画家の世界は「引き寄せの法則」が強く働く世界でもある。敦弘さんは所沢在住だというが、じつは所沢は「漫画家が多く住む町」なのだそうだ。

あ:不動産屋さんで聞いた話ですが、作家とアシスタントを併せて千人くらい住んでいるようなんです。所沢の相場は、2Kで6〜7万円くらい。アシスタントさんに家に来てもらう必要があるので、1部屋しかないとしんどいんです。だから家賃の安い所沢に人が集まる。アシスタントが先生の所に通いやすいという事情もあるでしょう。

中央線沿線も漫画家が多いですが、むこうは「売れてる漫画家さんたち」というイメージですね。

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前述の通り、漫画業界は厳しい状況下に置かれている。その内情が知られるにつれ、志望者が減っているという。イラストレーターの志望者が100人いるとしたら、漫画の志望者は20人程度とさびしい。一昔前までは逆だったそうだ。

「絵の業界全体に言えることですが、ライバルが多いです」と敦弘さんは言う。

あなたも子供の頃、お絵描きをしただろう。いわば日本人全体が一度は絵描きだったのだ。そのなかのエリートが漫画の世界にやって来る。みな能力が高いので、競争は激しい。

しかし起業にたとえれば、これほど初期投資のいらない仕事も珍しい。紙とペンさえ用意すれば、億単位の稼ぎが可能なのだ。一発当たればデカイ。物語のメディアとして、これほど夢を掴みやすいものはない。仮にプロにならなくても、売れっ子の同人作家で1千万円プレーヤーはいくらでもいる。自分自身の力でどうにでもなる世界と言える。

そんな業界で、今日も敦弘さんは独自の道を歩んでいる。

最後に改めて……『敦弘の背景画集、雪』!
実際に漫画で使われた背景を複製原画クオリティで所載!
【原画展などでしか原寸大では見れない原稿を、すべて原寸大サイズで収録】
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敦弘さんとのマッチングにはLook Meを活用しました!

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