メケメケ

メケメケ

町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

「なにごとも1万時間取り組めばいいところまで到達できる」がモットーの絵画教室の話

f:id:yanvalou:20181108144821j:plain

絵画教室オクトアトリエ 若林薫さん

2015年7月15日に取材した平塚の絵画教室「オクトアトリエ」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。

 湘南ベルマーレと七夕祭りで知られる平塚。海岸の反対側にあたる北口を出て、サッカースタジアムへ足を向ける。その手前に緑が目に眩しい白亜の美術館があるのをご存知だろうか。公立美術館をもつ自治体は、それほど多くはない。美術館の存在は、絵描きにとって心強い支えになっているに違いない。

 そんな平塚市美術館のそばに「画材&ギャラリーOCT(オクト)」はある。ギャラリー、画材販売店、絵画教室という三つの機能を兼ね備えた建物だ。

 登録会員数が100名を数えるというこの絵画教室は、「いつでも受講できる」のがウリだ。自分の都合で予約することができ、朝(10時〜)、午後(14時〜)、夜(18時〜)の三つの時間帯から3時間単位で受講することが可能だ。通学ペースも個人の自由裁量で、毎週顔を出す人もいれば、月1回、2ヶ月に1回、1、2年に1回という人さえいる(最長記録は大学入学前に入校し、次に来たのが大学卒業後、という若者だとのこと)。

 このように書くと非常にルーズな教室のように思えるかもしれない。しかし講師の若林薫さんは基本から教えることを信条にしている先生だ。

「平面構成、立体の描き方、色の混ぜ方などきちんと教えています。なかには基本を飛ばしていきなり描き始めたい方もいるかもしれません。しかし基本をやらないと行き詰ってしまいます」。

 作品を製作するときも、真っ白な紙を渡して「さあ、描きましょう」という風にはしない。まず生徒にこれから描くモチーフの話をしてもらうという。

「なぜそれに感動したのか?」

 自分の思いを話してもらい、フォーカスをはっきりさせてから制作に取り組ませる。1枚の絵にかける時間には制限を設けていない。描き手が何かを導き出すまでいくらでも待つ。こうしてじっくり時間を掛け、納得行くまで作品に取り組ませるのが、若林さんの指導方法だ。

 モチーフや画風は生徒個々人の自主性に任せているため、作品の傾向はバラバラだ。教室展を開くと「何人の先生で教えているんですか?」と訊かれることがあるそうだが、なるほど、師匠である若林さんと似通った作品がまったくないのが面白い。

 生徒の受入れは中学生以上に限定している。美術の基礎を受け入れられる年齢になってから教えたいので、幼児教室はやっていない。逆に年齢に上限は向けておらず、上は92歳の方までいるそうだ。平均年齢は60代くらいだという。

 美大受験のためのカリキュラムは組んでいないが、毎年数人程度受験生も通ってくる。

「受験生でも受講料は同じです。特別なことは教えていません。その代わり『毎日来なさい』と言っています」。

 受験生と並んで教員採用試験の対策のためにやって来る先生の卵も少なくない。小中学校の場合は、「美術を教えて下さい」と要請されることもあるので、準備が必要なのだそうだ。試験当日まで1ヶ月を切っている場合が多いが、「幸いほとんど皆さん試験をクリアしているようです」とのこと。

 教室ではデッサン、アクリル、アキーラ(*註)、切り絵を教えているが、これは若林さん自身がこれまでに携わっていたいたジャンルの変遷そのままである。

 大分から上京した若林さんは、関西発祥の某大手百貨店の倉庫事業部でインテリアデザイナーとして働いていた。その当時から帰宅すると毎日絵を描いていたという。サラリーマン・デザイナーではあったが、1週間の休みを取って銀座の画廊で個展を開き、会社の同僚にも案内を出して来てもらうなど、おおらかな会社だった。

 その後絵に集中するため退職。当時は120号の用紙を五枚張り合わせた作品など、切り絵の大作を中心に製作していた。斜めに立て掛けて製作出来る絵画と異なり、切り絵は寝かせて作らなければならない。広いアトリエつきの自宅を手に入れようと、藤沢から小田原まで見て周り、広々した環境が気に入って平塚に腰を落ち着けた。八ヶ岳や軽井沢などの田舎に篭もるよりも、東京に出やすく、ある程度大きな町が良かったのだという。

「いまはアクリル画を中心に教えている関係もあって、切り絵とアクリル画の割合が逆転してしまいました」。

 ずっと絵を描き続けるために、試行錯誤してきた。切り絵とアクリルの相性の良さに気が付き、公募展にアクリル画を出したが枠がなく「その他」に分類されてしまったこと。現在はひとりで教えているが、最初の10年ほどは昔所属していた美術団体の会員たちに先生になってもらい、専門分野を担当してもらっていた時代もある。いろいろ変遷や苦労もあったが、絵はつづけている。来年の秋には銀座で5年ぶりの個展を開く予定だ。

 最後に、これから絵を始めたい人に向けたアドバイスを頂いた。

「『1万時間の法則』と呼んでいるのですが、なにごとも1万時間取り組めば随分いいところまで到達できると思うんです。本気でずっとやろうと思ったら、1日1枚必ず描くことです。1日3時間やるとして、1万時間に達するには10年必要です。そうすればなんとかなるかもしれません」。 

 ここまでの内容、そして若林さんが多分に影響を受けたというダリの絵や、本格的に絵の世界に踏み込むきっかけとなったゴッホの「悲しみ」(1882年)にピンときた方は、この表室から得るものがきっとあるに違いない。

*註:アキーラ
日本の画材製造メーカー、クサカベが十年ほど前に開発した水溶性絵具の一種。遅れて水溶性絵具へ参入したため、独自の樹脂絵具を作り出したという。油絵風にも水彩画風にも使えるのが特徴。

オクトアトリエ
主催者:若林薫(わかばやしかおる)
所在地:神奈川県平塚市浅間町5-24
http://www.octkun.com/

www.yanvalou.yokohama