メケメケ

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町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

「TABIZINE」寄稿記事一覧

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By RENE RAUSCHENBERGER From Pixabay

ども。檀原(@yanvalou)です。

ブログから多少なりとも実績をたどれる方が便利だろうと思い、旅行関係のウェブ媒体「TABIZINE」に寄稿した記事にリンクを貼っておこうと思います。

▼ライター紹介ページ▼

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拙作『白い孤影 ヨコハマメリー』の執筆に専念するため、2018年に「TABIZINE」への寄稿はやめてしまいました。
「復帰できないかな」と思い連絡してみたのですが、なしのつぶて。
旅行関係で書いてみたい話はまだまだあるため、折を見てこのブログにドロップしていこうと思います。

 

日本語世代の台湾人特攻隊員、呉正男さんにお話を伺って

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ども。檀原(@yanvalou)です。

かれこれ3週間前のことになりますが、中華街の善隣門付近に事務所を構えていた信用組合「横浜華銀」の元理事・呉正男さんを取材しました。

呉さんは台湾人ですが、日本軍のグライダー特攻隊の生き残りという経歴があります。そのせいもあって、メディアに取り上げられる機会が多い方です。

ドキュメント映画にも出演しています。


台湾アイデンティティー [DVD]

呉さんも出演している酒井充子監督の映画「台湾アイデンティティー」(2013年)

呉さんは台湾西海岸中部の斗六市嘉義市の近くです)生まれ。台湾の小学校卒業後、1941年に留学生として東京都内の中学校に進学します。軍国少年だった呉さんは留学3年目の1944年に陸軍水戸航空通信学校に陸軍特別幹部候補生として入隊。特別攻撃隊を輸送する大型爆撃機の通信員になりますが、兵を乗せた空母が上海沖で沈没したため、出発は見送りになりました。

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神奈川新聞2019年8月24日付

つづいて現・北朝鮮の宣徳飛行場に配属され、沖縄行きの特高要員として訓練を受けます。ここで特高を志願しますが、選から洩れました。戦後、元上官から「長男だから」と理由を訊かされたそうです。

この宣徳飛行場で、呉さんは敗戦を知ります。ソ連兵に連行され、23日後中央アジアカザフスタンの収容所に抑留されます。シベリアに抑留された方は多いですが、中央アジアの砂漠地帯に送られた例は稀です。砂漠と言っても冬はマイナス20度になるそうで、寒さと飢え、そしてマラリアに苦しみながら帰国の日を待ちわびました。

2年後の1947年7月。帰国が決まり、ウラジオストクに移送されます。ところが帰国はアイウエオ順で、後ろの方の人は抑留が継続されるというのです。ラッキーなことに、当時の呉さんは「大山正男」という日本名を名乗っていたため、日本に帰れる組に入れたそうです。

じつは日本軍に入隊した台湾人の多くは戦後台湾に帰り、そこで中国本土からやって来た国民党政府による大粛正「2・28事件」の犠牲になっています。しかし呉さんは、ソ連で抑留されていたため台湾には帰れず、2・28事件に遭いませんでした。

ソ連抑留は人生最大の幸運だった」と呉さんは語ります。

現在は台湾出身戦没者慰霊碑の建立のための活動をつづけているそうです。

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せっかくなのでツーショットで撮らせて頂きました

さて、上記の話はメディアにさんざん取り上げられているのですが、実際に会って質問しないと分からないこともあります。

個人的に印象に残ったのは「旧制中学を卒業してから70年以上日本暮らし。台湾語がおぼつかなくなりませんか?」という質問への答えです。

日常会話は問題ないけど、台湾語の演説は2〜3割しか分からない」。

70年以上に渡って日本暮らししていても、呉さんは帰化していません。それでもこうなるんだな、と何とも言えない気持ちになりました。

呉さんは日本人以上に日本人です。韓国の話になったとき、ネトウヨのように彼の国を罵倒したのはご愛敬。「祖国は台湾、母国は日本」と自認しているそうです。

それでも日本への思いは複雑です。

シベリアやモンゴルの抑留体験者であれば受給できるはずの補償金は、日本国籍を有していないため受給できません。
また華銀を退職したとき日本への帰化を考えたそうですが、軍歴や抑留体験など日本のために尽くし味わった経験を説明したにもかかわらず、法務局から「帰化が許可されない場合があります」と何度も念押しされたことに傷つき、帰化申請を取り下げたそうです。

「たとえ申請が認められなくても『あなたなら大丈夫ですよ』と言って欲しかった。日本に裏切られたと感じました」

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写真は呉さんから頂いたり、お借りした資料のうち印象に残ったもの。

日本人は自分らの空襲体験や引き揚げ体験は語り伝えますが、旧帝国領内の空襲体験には注意を払いません。日本語の資料が乏しい分野なので、左の台湾の本は貴重です。

右は日本語世代の台湾人が集まったときに歌うという歌集のコピーです。

じつは呉さんは僕の家から自転車で15分程度のところに住んでいます。映画の酒井充子監督のほか、台湾在住の有名ライター片倉佳史さん、李登輝友の会の方々などかなりの人脈をお持ちのようです。台湾関係の活動はしばらくしていませんでしたが、ぼちぼち再開しようと思っています。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!

街角で見かけた台湾のゆるいおかしみ

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ども。檀原(@yanvalou)です。

2016年と17年に台湾に行きました。

そのとき気になって仕方がなかったのが、街のそこかしこで目にする、なんともいえないおかしみ。
文化が近い日本人だからこそ感じるのかも知れませんが、わざわざ報告するほどではないものの、妙にインパクトのある現象が多くていけません。

いくつかかいつまんでみました。

 

働くおじさん達の動きがユーモラス

まずはこちらを御覧下さい。


何とも言えないですよね。
このペーソスはなんでしょうか。

お次は静止画で恐縮です。佐藤健寿さんの『奇界遺産』のお陰ですっかり珍スポットとして知れ渡った「麻豆代天府」に、台南から移動する道中で出くわしました。

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工事現場でセメントを攪拌するのに使われるハンドミキサー。このハンドミキサーで挽肉を作るおじさんです。
かつて一世を風靡したスギちゃんのギャグ「ワイルドだろ〜」が似合いそうです!

 

天秤棒が大活躍

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上の写真は、台湾の離島、澎湖諸島最大の都市・馬公で撮影した1枚です。

世界最大の自転車メーカー「GIANT」やパソコンメーカー「Acer」、スマホで有名な「HTC」、iPhone の部品メーカーとして名を馳せる「鴻海精密工業」などを抱え、なおかつ他のアジア諸国に先駆けて同性婚を法制化するなど、台湾はまちがいなく先進国です。

その一方で、昔ながらの天秤棒を担いで行商している人がいます。
この落差が溜まりません。
道端で行商している人は結構いますね。
屋台をセットするとかすれば良いのですが、路肩にものを置いただけという人も珍しくありません。

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幹線道路沿いで売れるんだろうか?(花蓮郊外にて撮影)

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なにやら果物が巨大です。ウリの一種でしょうか?(花蓮郊外にて撮影)

 

霊柩車が慎ましくない

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じつは2台走っていたのですが、前の車両と間隔が空いていました(台南郊外で撮影)

車が祠を背負っているような……。
台湾の国民的な信仰は道教ですので、お葬式のときは爆竹を鳴らして故人を派手に送り出すそうです。
爆竹に負けない霊柩車というと、こういうデザインになるのでしょうね。

 

「の」が気になる

台湾の街角では、やたらと日本語の「の」をつかって日本語風にした看板を見かけます。
日本人が「之」をつかってインチキ中国語をでっち上げるような感覚なのでしょう。
日本製が信頼されている証でもあると思います。

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「女子力」は「女力」なのでしょうか?

 

檳榔はお口のセクシーな恋人?

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セクシーお姉さんをフィーチャーした檳榔(ビンロウ)の看板は、台湾で見かける風景のひとつ。

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檳榔自体は天然の噛み煙草みたいなもので、かなり人を選ぶと思います。
好奇心から買ってみましたが、一粒で懲りました。

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このように葉に包まった状態で入っています。

なんでも昔はセクシーなお姉さんが直接檳榔を販売していたようなのですが、現在はもっぱら看板だけにその面影を残しているのだとか。

……と思ったら、まだいるところにはいるみたいです。
こんな動画を見つけました。


台北市近くの幻の檳榔西施(ビンロウガール)を調査【台湾にまだいた!】

 

日本人には馴染みのない民間信仰

「台湾(中国)も日本も仏教圏だから、宗教も似てるでしょ?」というあなた。
残念ながら台湾には僕たちの知らない神さまがたくさんいます。
宗教観(というより宗教絡みの美的観念)もかなりちがうと言えるでしょう。

前述の「麻豆代天府」や「鹿港貝殻廊」、「南天宮十八層地獄」といったど派手な廟。さらには媽祖、七爺・八爺、註生娘娘、城隍夫人などのカミサマたち。タンキー(童乩)とよばれるシャーマンもいます。

f:id:yanvalou:20200820035531j:plain こんな妙ちくりんな生き物、馴染みがありませんよね?

個人的には台中の「宝覚寺」で耳にした御詠歌が気になって仕方ありませんでした。

 

店頭で突如はじまるラジオ体操

この準備運動はなに……?

台湾では接客の基本を日本から取り入れたそうです。
だから開店前に、店頭で挨拶の練習をしている店員達の姿を見かけることがあります。
店員達が大きな声で挨拶しながら深々とお辞儀をする様は、日本の新人研修とそっくり。
しかもリーダー格の店員がスマホをいじりながら場を仕切っているのを見ると、いたたまれない気分になります。

これも台湾の現実の一旦。
日本の犯してしまった罪だと思います。

町歩きしているときにこんな風景を目の当たりにすると、懐かしいような、恥ずかしいような……。

 

ポルノショップが堂々としすぎている!

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夜の台南で撮影

ブラックライトに照らされたこのお店、何を売っていると思いますか?

大人のおもちゃです!

台湾のアダルトショップは日本とまったくちがいます。
どう考えてもエロに対する羞恥心の感覚が日本人とは違うようなのです。
たぶんエロに対してあっけらかんとしているのが台湾人なのではないかと思います。
(まだ未確認なので、ぜひとも聞いてみたいトピックです)

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同じく台南で撮影

こんなに露骨なディスプレイって、笑うしかないですよね。

台北の一大観光地「龍山寺」界隈(艋舺/万華)に行くと、これみよがしにバイブレーターが道端で売られております。

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日本人観光客がわんさか押し寄せる場所ですが、なぜ誰もこの話をしないのか、不思議でなりません。

 

そんな台湾がみんな大好きです。
ほらワンちゃん達も、安心して繁華街で寝ているでしょう?
(いや、お犬様達が自由すぎます、って!)

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南国だからなぁ(台南で撮影)

すっかりお洒落で洗練された観光地となった台湾。
しかし「妖しいアジア」「ゆるいアジア」の魅力は健在です。

今後も折に触れて書き連ねていこうと思います。

台湾先住民のポップソングにアジアの奥深さを見た

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ども。檀原(@yanvalou)です。

この連休中、東京の上野公園で「TAIWAN PLUS 2018」という野外イベントが催されました。
「今度台湾に行くときに、取材のヒントになるものが見つかるかも」と思い、さくっと行ってきました。

 

大行列でフードもドリンクも諦めました

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会場は「上野国立博物館」の正面にひろがる噴水広場。
たくさんのテントやキッチンカーが出展して賑わっていました。
台湾名物のタピオカドリンクでも飲もうと思っていたのですが、あり得ないほどの行列!
いまどきあれだけ並ぶのは、超人気のラーメン店くらいなものです。

ざっと見た感じでは、一番並んでいたのは「THE ALLEY(ジ・アレイ)」。
恵比寿や表参道を初め、都内各地に出展している人気ドリンクチェーン店です。
たまに恵比寿店に行きますが、いつもごった返してますもんね。
並ぶのも分かります。

www.the-alley.jp

フード系も列が途切れる様子がなく、飲食は諦めました。

テントもざっと見たのですが、布系のテナントさんは良い感じでしたね。
台北のおしゃれ書店「誠品書店」の系列である「誠品生活店」や台南の「林百貨店」に出店している、という帆布屋さんがとくに良かったです。

ちょっとこんなゲームにも参加したりして。

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ひもを通した金属の輪っかで瓶を立てるだけ、というシンプルな遊びなのですが、難しかったです。


すごい歌手のステージを見てしまった

そんなこんなでさっと見て帰ろう、と思い始めた矢先、駅舎をイメージしたステージでライブが始まりました。
本日は歌手の阿爆(アバオ)が歌ってくれます。

韓国のポップカルチャーを「韓流」というのに対して、香港、台湾、中国など中国語圏のそれは「華流(ホアリュウ、ファーリュー)」というそうです。
しかし、個人的に中国語圏の歌謡曲ってなんか興味持てないんですよ。
映画は好きなんですが、歌はどうも。
メロウなスローナンバーのイメージが強すぎます。
カラオケで歌ったら気持ちいいんでしょうけど、聴いていてもあんまり楽しくありません。

ところが阿爆です。

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iPhoneでズーム効かせて撮ったので画質が悪いです

彼女の歌はひじょうによかったです。
まずはこのPVを見て下さい。

 この歌は上野でも歌ってくれました。
これは中国語ではありませんよね?

彼女は先住民のパイワン族なのだそうですが、おそらくパイワン語なのでしょう。

先住民の音楽というと素朴で伝統を忠実に継承したイメージがありますが、彼女の歌は私たちと同時代の音楽です。
先住民だからといって、ことさら特殊性をアピールすることもありません。
なにより圧倒的なパワー!
洋楽のアーチストと変わらぬ水準でした。
東アジアにも、こんな歌手がいたんですね。
びっくりです。

 

2003年に「阿爆&Brandy」というグループでメジャーデビューし、台湾の音楽アワード『金曲賞』のベストデュエット賞を受賞。
長期間の活動休止を挟んで祖母・実母と共演した『vavayan・女人』で2017年『金曲賞』のベスト原住民語アルバム賞を受賞。

現在、阿爆の歌は、Amazonのデジタルミュージックから入手することが出来ます。

 

なつかしいヒット曲を思い出しました

個人的にツボだったのは、25年前の洋楽ヒットナンバー"return to innocence"(エニグマ)でサンプリングされていたアミ族頭目「郭英男(かく ひでお)」の歌う「酒飲む老人の歌」という古謡を彷彿とさせるコーラスでライブが始まったことですね。


Enigma - Return To Innocence

もしかしたら台湾先住民の音楽は、あの手のアカペラが中心なのでしょうか。
若手先住民で、郭英男っぽい歌声を聞かせてくれる女性の動画を見つけました。

www.youtube.com

どうですか?
いいですよね?

これもすてき。

www.youtube.com

いわゆる華流とはちがうと思うんですが、どうでしょうか?
詳しい方、教えて下さい。

 

ところで会場にはピストで駆けつけました

ところで今回のイベントには、横浜の自宅からピストに乗っていきました。
距離にして約42キロ。
所要時間は2時間弱(途中で一時停止したのを忘れて5キロくらい走ってしまったため、正確なタイムは不明)
平均時速は22.3キロでした。

Google Analyticsによると、このブログを見てくれる方はランニングとかサイクリングなどといった「単独でやるスポーツ」の愛好家が多いとのこと。
であれば、「ピストの話を書いても大丈夫かな」と思い、テスト的に書いてみました。

多いときには1日で100キロ走ってます。

今後は、もしかしたらたまに自転車の話も書くかも知れません。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!

 

髙雄の駅近・日式建築のゲストハウス

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どうも。檀原(@yanvalou)です。

過去に書き漏らしている記事、下書きだけでやめてしまった記事が大量にあるため、やっつけで上げていこうという趣旨で1本上げます。

台湾に行くと、日本の面影をあちこちで目にします。
「日式建築」もそのひとつです。
日本統治時代に立てられた日本家屋で、日本風に言えば「古民家」といったところでしょうか。

台湾当局が古い家屋をリノベして利用することを推奨しているため、日式建築は商業施設や飲食店などに形を変えていることが多いです。

しかし泊まれる所はなかなかないんですよね。

という訳で、ハイ。
僕が泊まったところをご紹介します。

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こちら、Airbnbでみつけたゲストハウス「異國風背包房(高雄火車站)」です。
髙雄駅の1番出口から「建國三路」を右方向に進み、「繼光街」へ左折。駅から徒歩6、7分という便利な場所にあります。
住所は「高雄市三民區繼光街11號」です。

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はっきり言って風紀が良い場所とはいえず、近くに娼館があったり、夜になるとお姉さんが立っていたりします。
ただ治安が悪いわけではないので、その辺りに目をつぶれるのであれば、面白い選択と言えるのではないでしょうか。

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髙雄の娼館。夜はピンクの照明が妖しく光ります。

オーナーはMiraという名前の若い女性で、かなりの美人です。
美人過ぎるので気後れしてしまい、写真は撮っていません。
(今度行く機会があったら、是非撮りたい!)

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彼女は現役のバックパッカーで主に欧州に長期旅行に出ていたようです。
英語のほかにスペイン語が話せるとのこと。
どうやらひとりで経営しているらしく、その逞しさが彼女の美しさを一層引き立てていると思いました。

僕が世話になった2016年当時、彼女は日本には行ったことがないと言っていましたが、日本人が泊まったことは何度かあるそうです。
その内の1人は大道芸で生計を立てていた若い男性だそうで、彼の日本語のブログのURLを教えられたので、何ページ分か訳してあげました。

この物件は彼女が自分でリノベーションしたそうで、1階の壁に改装前の写真が貼られていました。

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個室とドミトリーがあるのですが、下の写真がドミトリー。
友達の家の客間に上げてもらったように感じるのは、僕だけではないはず。

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いわゆる共用スペース。

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階段は古い日本家屋らしく、かなり急です。壁に宿泊客からの寄せ書きがあります。

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廊下はかなり狭いです。

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ドミトリーから一転、個室は素っ気ないですね。

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以上、駆け足でMiraの「異國風背包房」をご紹介しました。

コロナ騒ぎがなかったら、5月は台湾と香港に渡っているはずでした。
いまの情勢が落ち着いても、第2波、第3波があるでしょうから、今後数年間どうなるか分かりません。
しかし機をみてまた台湾に行きたいですね。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!

 

追記
2017年に泊まったものだと思い込んでいたけど、よく考えたら2016年でした。写真のクレジットは気にしないようにお願いします。

 

 

台北郊外の住宅地でコブラに遭遇! 「トレジャーヒル」宿泊記-2

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ども。檀原(@yanvalou)です。

前回話し始めた「トレジャーヒル」宿泊記のつづきです。

トレジャーヒルへのアクセス

寶藏巖國際藝術村Treasure Hill Artist Village
住所:台北市汀州路三段230町目14弄2号
アクセス: MRT「公館」駅1番出口から歩いて約13分

最寄り駅は地下鉄(MRT)「松山新店線」(路線図では緑色で書かれる)の「公館」駅です。
日本の「東京駅(もしくは大手町駅)」に該当する「台北車站」から7駅ですから、15分程度でしょうか。

「公館」駅は台湾のエリート大学「国立台湾大学」の最寄り駅でもあります。同校は日本統治時代の1928年に設立された台湾でもっとも古い大学の一つ。散歩がてら校内を歩いてみましたが、東大よりも格好いいですね。
なにより正門から続くヤシの木のメインストリートに圧倒されます。
なんとこのキャンパス、東京ドーム4個半分の広さを誇るのだとか!

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taiwan-blog.com

しかし今回はこの大学の話ではありません。
大学とはほぼ反対の方角に向かって進みます。
駅付近は結構賑やかで、繁華街という程ではないものの、たくさんの飲食店が軒を連ねます。
その人混みを縫うようにして南東に進みます。
10分くらい歩くと、グラフィカルな壁画が見えて来ました。

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壁画を見ながら進んでいくと、いつのまにか前方にカラフルな寺院がそびえています。
「宝蔵巌」の地名の由来となったお寺です。
現在では人気も絶え、関係者と思しき人をたまに見かけるくらい。
ゴージャスな色彩とは裏腹な、さみしい場所です。

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お寺に日本の痕跡が。「昭和十四年二月建之」の文字。

トレジャーヒルの宿泊施設

その奥にあるのがトレジャーヒル・アーチスト・ビレッジ(Treasure Hill Artist Village: THAV)。
入口付近は家庭菜園になっています。
むかしはここにも違法建築がひしめいていたのですが、解体後の跡地が畑になったのです。

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アーチストビレッジの受付。

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宿泊施設の外観。

さっそく見ていきましょう。
僕が泊まったのは101号室でした。

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広さは6畳間くらいですが、変形しており真四角ではありません。
見ての通りコンクリート打ちっ放しで真新しい建物です。
トイレとシャワーは共同でした。
このときはほかに女性が2名くらい泊まっていた模様。

トレジャーヒルの目の前には大きな川(新店渓)が流れており、夜になると真っ暗です。
ひじょうに静かなので、俗世間から切り離されたような気分になります。
眺望もすてきで、朝起きて川を眺めると力が湧いてきます。
創作のためにお籠もりするには、絶好の場所と言えるでしょう。

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しかしライターが作業するには、ちょっと厳しいかも知れません。
机が小さすぎるし、今ひとつくつろげません。
仕事するならカフェでノマドか、別に一部屋借りるか。
ここをベースにしながら、台北でネタ探しや取材活動するのはありだと思いました。

ただし夜の街の取材には向いていません。
というのは、ここには門限があるからで、たしか22時だったかな。
それ以降はゲートが閉まって入れなくなります。

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共有スペースです。
中国語や英語の本が揃っています。
ここで英語で書かれた台湾ガイドブックに目を通したのですが、日本語圏では紹介されていない面白い場所が散見されました。ここに出ていた場所にも、今後行ってみようと思っています。
(僕は旅行するとき、事前のリサーチで英語圏の情報も参考にしています)

日本の「アートをつかった町づくり」の現場同様、ここを気に入った個人がショップやカフェを開いています。
世界から取り残されたかのようなこの町には、独特のメランコリーがあります。
(こんなに写真を載せるつもりはなかったのですが、絵になる場所が多すぎて止まらなくなりました)

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レジデンスアーチストのインスタレーション。日本人作家の作品もありました。

台湾にもコブラがいたなんて!

さて。

トレジャーヒルで驚いたのは、道端でコブラを見かけたこと!
地元住民が地面の一点を見ながら集まっていたので「なにごとか」とそばに寄ったところ、コブラがいたのです。

じつは日本統治時代の記録にコブラに言及したものがあります。
沖縄でいうハブみたいなもんでしょうか。

コブラはおとなしく排水溝のなかに潜っていきました。

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ここにいると日本の影を感じる

日本と台湾の歴史が交錯するこの土地にいると、不思議な感慨に襲われます。
それは日本がアジア近隣諸国とつながっているという実感です。
沖縄にいると本土とはちがう沖縄独自の歴史を感じますが、それとよく似た感覚といいましょうか。
台湾にいると、沖縄か小笠原諸島にいるときのような、日本の本土との関係性をそこかしこで感じるんですよね。
これは欧米諸国では経験出来ない世界です。

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ところでトレジャーヒル、ちょうどいま、6月8日〆切で滞在アーチストを公募していますね。
ご興味をお持ちの方は挑戦してみてはいかがでしょうか?

AIR Taipei 台北国際芸術村2019 レジデンス公募(台北/台湾) : 東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)

*THAV が主催する本来のレジデンス期間は8〜12週間(最短4週間)です。

今回の記事は以上です。
またのお越しをお待ちしております。

 

ライターなら泊まれるかも? 台北のディープスポット「トレジャーヒル」宿泊記-1

台湾
ども。檀原(@yanvalou)です。
今回は、時折思い出したように登場する台湾ネタです。

台湾のなかでも首都台北とその周辺は、日本人観光客が特に多いところ。
グルメや九份、淡水などへの観光が人気です。

しかし台北にはかなりディープなスポットも点在しています。
その一つが今回ご紹介するトレジャーヒル寶蔵巌国際芸術村)です。

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【Video】寶藏巖國際藝術村簡介影片/Treasure Hill Artist Village Promotional Video

退役軍人たちが創りあげた違法建築の密集地

その昔。ここは尼寺が一つあるきりの寂れた場所でした。
しかし日本軍が接収し弾薬庫や砲台をつくります。
台湾の独立後、今度は中国大陸から逃れてきた国民党が軍事施設として継続利用します。1970年代に軍が撤収した後は退役軍人やその家族が住み着くようになりました。
ここに来たのは老いた下級兵士たちです。金のない彼らは自分たちで住まいを建て、増築や改造を繰り返します。
元々川沿いの崖に立地していることもあり、道は狭く曲がりくねっています。その上住民たちが思うがままに増築した違法建築がぎっしり立ち並んでいる訳で、治安の面でも景観の面でも決して良いとは言えない場所でした。

現在はかなり綺麗になっていますが、率直に言ってブラジルのスラム(ファベーラ)にそっくりです。ブラジルのスラムも丘に貼りついていますからね。

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台湾が経済成長し、都市の再開発が活発になると、このエリアは取り壊し対象になりました。
奇しくも国民党の軍人と家族が暮らした「眷村(けんそん)」とよばれるエリアが老築化し、台湾全土で取り壊しが行われていた時期でした。
トレジャーヒルも眷村の一つでしたから、重機が入り、容赦なく取り壊しが始まりました。
しかし文化人たちがここを「歴史的に意義のある地区」だと考え、大規模な保存運動が巻き起こります。

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トレジャーヒルの一室で上映されている記録映像『看不見的村落』の説明

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かつて暮らしていた住民たちのポートレート(記録映像『看不見的村落』より)

最終的に解体反対運動が実り、解体は川沿いの平野部だけで収まりました。
その後、このエリアは「アートをつかった町づくり」の実践の場となり、2009年から通年「アーチスト・イン・レジデンス」が行われています。

この試みは成功し、ニューヨーク・タイムズに「必ず行くべき観光地」のひとつとして選ばれるまでになりました。
とは言え、普段は閑散としており、台北に住んでいても来たことがないという人も多いようです。

数ヶ月単位でアーチストが入れ替わりながら滞在制作しているのですが、実際には古くからの住民も暮らしつづけています。
その多くは高齢者で、彼らが亡くなったり、子供たちに引き取られて空き家になると、そこにアーチストが入るという形です。

一般の観光客も散策出来ますが、泊まることは出来ません。

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トレジャーヒルに泊まるには?

し・か・し。
ワタクシ、3泊して参りました!
ここに泊まった日本人はまだ数える程しかいません。貴重な体験をしたと思います。
どのような手順で泊まったか、説明しますね。

前述の通り、トレジャーヒルは「アーチスト・イン・レジデンス(以下「レジデンス」)」の施設です。
アーチストというと美術家をイメージするかも知れませんが、それは日本国内のガラパゴス・ルール。
アジアも含めた海外では、物書きもアーチストです。
つまりライターであっても、著作物があれば「作家」すなわち「アーチスト」として扱ってもらえる可能性が高いです。

ちなみに英語の”writer”は「作家」という意味で、日本語のライター(雑文書き・著述業)とは意味が違います
つまりいくら本を出していても「自己啓発系」とか「ライフハック」がテーマだと、アーチストだとは認められないと思います。
旅行記でもむずかしいかも。
小説ではなくノンフィクションでもアーチスト認定してもらえるはずですが(僕はそうでした)、クリエイティビティの度合い次第でしょう。

さて話を戻します。
トレジャーヒルの公式サイトがあるので、そこから申し込むのが正式な手順です。

http://www.artistvillage.org/rent-list.php?p=2&c=5

部屋によりますが、1週間2,000台湾ドル(≒7,200円)くらいからあります。
「旅 X 仕事」に興味を持っていたり、「暮らすように旅する」のが好きなライターには、絶好の物件ではないでしょうか?

一般的には「OPEN CALL(公募)」と募集が出ているのをみてレジデンス(藝術進駐徵件)に応募します。

僕がとったのは変則的な方法でした。
台北駅から歩いて10分くらいのところにあるレジデンス施設「台北国際芸術村(Taipei Artist Village)」に行き、カフェ(TAV Cafe 芸術村餐坊)にいた担当者に直接空き部屋はないか問い合わせたのです。
というのも、最初は「台北国際芸術村」に泊まろうと思っていたからで、事前にウェブから申請書類を出していたのですが返事がないため、直接現地に行ったのでした。

相手をしてくれた女性は日本語が流暢で、僕の住んでいる横浜からもよくアーチストが来る、と言ってくれました(横浜に住んでいたお陰で、第一印象で得をしました)。
生憎「台北国際芸術村」は満室だったのですが、「ここなら空いていると思う」と言われたのが、トレジャーヒルだったのです。

こうして僕は、めったに泊まることの出来ない台北きってのディープスポットに泊まるチャンスを得たのでした。

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今回はここまでです。
次回に続きます。
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