喫茶店 Komibou 齋藤秀一さん
2015年5月19日に取材した埼玉県上尾市の喫茶店「Komibou」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。
脱サラして自分の店をもつ……。
勤め人が一度は夢想する生き方である。
上尾市の一軒家カフェ「Komibou」のオーナー、齋藤秀一さんはその生き方を実現した人である。
旧中仙道沿いの齋藤さんの店は心がほっこりするような優しげな佇まいを見せている。向かって右側には、駐車場に突き出るような形で店主自慢の焙煎室が控えている。齋藤さんのコーヒーへのこだわりを体現しているようで、足を踏み入れる前から極上の1杯への期待が高まる。
店内は茶系を基調としたアーシーで落ち着いた雰囲気だが、ポットやミル、コーヒー豆などの絵や意匠がそこかしこに散りばめられていて、オシャレすぎない感じが良い。このイラストは伊達ではなく、メニュー表には「3通りの淹れ方からお選び頂けます」と題して、ペーパードリップ、フレンチプレス、ネルドリップの特徴が丁寧に解説されている。自宅でもおいしい一杯が味わえるようにと、図解までしているのには「おっ」となった。店主のコーヒー好きが伝わってくるようだ。
齋藤さんがコーヒーにハマりだしたのは、サラリーマン時代だった。会社の寮に遊びに行くと、いつも手回しのミルで挽きたての一杯を振る舞ってくれる同僚がいた。その同僚の影響だそうだ。それが開業に結びついたのは、天然かき氷で知られる長瀞の有名かき氷店「阿佐美冷蔵」を知って、飲食をやってみたいと挑戦心を掻き立てられたからだった。
しかし開店までの道は平坦ではなかった。
「元はサラリーマンでずぶの素人。春日部の某喫茶店の焙煎講座に通って珈琲のイロハを学んだんですよ。その店が開業支援をしてくれるというので着手金を支払ったのですが、社長が亡くなったら会社自体も潰れてしまったんです。ほんとうに困りました。フランチャイズ店のつもりで店の工事も頼んでいたのですが、内装のデザインが中途半端なまま放り出されてしまったので自分でアイデアを出しました。当初は和のイメージで考えていたのですが、太い梁を活かして和モダンのような無国籍な感じに仕上げました」
昭和のカフェバー文化を思わせるような店内のイラスト
和モダンとわたせせいぞうの漫画「ハートカクテル」が同居したような空間が広がる
店舗運営に関するアドバイスも受けられなくなったので、オープン前の半年間で4~50軒のカフェを視察した。それからは無我夢中だった。焙煎や抽出に関する基本は教わったものの、それ以外の部分はほとんど独学。しかしコーヒー好きだったこともあり、コーヒーに関する舌がかなり出来上がっていたらしい。「中年と言われる年齢まで歳を重ねないと、美味しいコーヒーを淹れるのは難しいんじゃないか、という気がするんですよ」。
もともと齋藤さんのなかには「こういう味にしたい」という理想があった。そこに近づけていくうちに今のスタイルが出来上がっていったそうだ。しかし何年かすると「今の味でいいんだろうか」という疑問が沸き上がってきた。味覚追求の始まりである。豆の種類を変えたり焙煎を研究したりと、試行錯誤が始まった。
「Komibou」の基本方針として、扱う豆の種類は増やすことはない。しかし豆の種類を変えることは珍しくない。というのも、同じ産地の豆でも収穫時期やロットによって味が変わるからだ。だから例えばブラジル産ならブラジル産のなかで年に何度か豆を変えたり、焙煎を調整したりする。そうすることで常に最良の1杯を提供するのだ。
コーヒーにこだわる齋藤さんは、スイーツや軽食などはすべて人に任せ、自分はコーヒーに専念しているという。すべてのコーヒーを自分一人で抽出するため、休日になると平均120杯も淹れる計算になるという。一見体に負担がかからないように見える喫茶店の仕事だが、齋藤さんは腱鞘炎になり、現在も腕の慢性的な鈍痛に悩まされているという。少しでも負担を減らそうと、どちらの腕でも抽出できるように訓練した、というからコーヒーに向き合う姿勢はたいへんなものだ。
「コーヒーの魅力を伝える入り口になりたいんですよ」
年齢と経験の積み重ねで至福の1杯を提供する齋藤さんの店には、今日も私たちの心を捉えて離さないコーヒーの「香り」が漂っている。
cafe Komibou(かふぇ こうみぼう)
店長:齋藤秀一(さいとう しゅういち)
埼玉県上尾市上町2-2-19
http://www.komibou.com/