メケメケ

メケメケ

町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

スポーツ記者でないライターが、スポーツの記事を書いてみた

f:id:yanvalou:20171120231759j:plain 第6回極東選手権(通称・東洋オリンピック)大阪大会に臨席する秩父宮殿下

ども檀原(@yanvalou)です。

最近公開されたのですが、ソフトバンク系列の Webマガジンにこんな記事を書きました。
thepage.jp

東京五輪の記事はこれから増えてくると思いますが、異色作でしょう。
3回連載です。

この記事を書いたきっかけですが、昨年度、geidaiRAM という東京芸大の単位認定なしの1年コースを受講しました。

geidai-ram.jp


そのときの実習の一つで演出家の高山明さん率いる Port Bのプロジェクト『東京ヘテロトピア』の「リサーチラボ」で提案された内容をベースに独自取材して書いた記事です。

casabrutus.com

参加者の一人が日比谷公園とアジア史の関わりについて情報提供した素案をベースに、自力でフェリス大学の和田浩一教授および奈良女子大学の鈴木康史准教授に直接取材して書きました。

こういう訳で着眼点が『東京ヘテロトピア』的です。

なおかつ若い頃よく読んだ玉木正之さん(自称「日本で最初のスポーツライター」)の著作を彷彿とさせる内容にもなっています。

和田先生も鈴木先生も玉木さんの書いたものは良く知っていて、取材の際に意見の摺り合わせが容易に出来たのでラッキーでした。

実は二冊目の単著を出した後、まったく企画が通らなかった時期がありました。
そのときボツにされた企画の一つが戦前のプロ野球に関するもの。
先方曰く「檀原(@yanvalou)さんはスポーツの記事書いたことありませんよね。だからダメです」とすばらしすぎる理由で却下されました。
そういう訳でいつかスポーツの原稿を通してやろうと思っていたのですが、ようやく念願達成です。

歴史物であればスポーツだろうがなんだろうが書ける自信はあるし、逆にスポーツライターには故人ばかり出てくる原稿は書けないはず。

スポーツに縁がないライターさん、もしくはスポーツ好きでも選手にインタビューなどをした経験がないライターさん。歴史物ならいけますよ!

ひじょうに僕らしい内容ですので、お暇でしたらご一読下さい。

中編はこちら。

thepage.jp

後編はこちら。
thepage.jp

大きなイベントをやり遂げて一ヶ月経った

今回は久しぶりのブログなので、書き慣れた「である調」で書きます。

大きなイベントをやり終えて一ヶ月がたった。
ここ何年かの仕事の中でもっとも大きなものだったと思う。
やり遂げて1週間か10日くらいは高揚感と虚脱感と開放感が入り交じったような感じになり、とてもブログを書く気になれなかった。

その後はイベント制作中お預けにしていたあれやこれやをやっているうちに時間が過ぎてしまい、はてなから「一ヶ月ブログを更新していませんね」という通知をもらってしまった。
でも大きな仕事をやり遂げた後は、大なり小なりこんなものだと思う。

助成金の申請からカウントすると8ヶ月制作していた計算になる。
本当にハードで、途中で「永久に終わらないんじゃないか」と思ったくらいだ。

f:id:yanvalou:20171118084012j:plain野外公演終了後、ソケリッサ!の横内さんと。

いままでも何度か自主企画でイベントをやって来た。
その多くはトークイベントだ。
ライター業を始める前は舞台人だったので、劇場での公演を含めると数はもう少し増える。
いずれのイベントにも共通することは、【自分自身が主役】ということだった。

ところが今年に入って2回主催した落語会を経て、「なにかやりたいことがあったとしたら、必ずしも自分でやらなくてもいい」という当たり前のことに気がついた。
これは大きい。

多くの場合、ライター主催のイベントはトークイベントか勉強会だ。
自著の宣伝とかノウハウ伝授とか、内容は色々だろうが、主催者自身が喋り倒すものが多い。

必然的に話す内容は、自分が知っていることや体得したことになる。
だが、人一人が経験出来ることには限りがある。
当然話す内容は決まってくる。

しかし「必ずしも自分が話さなくてもいい」のだ。
人に任せて自分は制作に専念すれば良い。
それが今回学んだことだった。

豪華なゲスト

今回のイベントは四つのパートで構成されていた。

  1. 鎌倉時代創建のお寺での演劇野外公演
  2. 同じお寺での野外ダンス公演
  3. 三人のゲストを招いてのトークイベント
  4. 映画上映会

このブログはライターブログなので、トークイベントに絞って書いておきたい。
野外公演に関しては、観客の感想など外部へのリンクに留めておく。

www.afpbb.com

twsgny.blogspot.jp

さてトークイベントだが、非常に豪華かなゲストをお招きすることが出来た。


伊藤文学さんは現在「薔薇族」の編集長をやっている知人につないでもらった。
御年85歳。


文学さんは会場となったシャンソニエの前オーナーと非常に親しかったそうで、目に見えない不思議な縁を感じた。
むかしは年になんどかこのシャンソニエに顔を出していたそうだが、随分ご無沙汰していたとのこと。
足が不自由になり、外出が億劫なお体になってしまったので、横浜でお話を聞く機会は貴重だったと思う。

フラワーメグさんは知る人ぞ知る伝説の女優。現在で言うところのセクシータレントの走りのような存在なのだが、1970年のわずか1年だけしか活動していないにもかかわらず、多くの人の記憶に焼き付いている。


フラワー・メグ/私のキライなもの

メグさんとの出会いは奇跡とも言えるものだった。
ここ数年とあるテーマを取材しているのだが、その過程でメグさんの存在を知った。
しかし連絡先がまったく分からない。
40年以上も前に芸能界を引退した人だ。芸能記者でもない限り、伝手などあるはずもない。
ところがである。
あろうことか、メグさんの方から僕の Twitterアカウントをフォローしてくれたのだ!
こんなことってあるんだろうか!?
本当にびっくりした。

実際にお会いしてこの点について伺ったところ、Twitter は息子さんに任せているとのこと。
その息子さんが「こういう面白い人はフォローしておいた方が良いよ」と言って、僕のことをフォローしてくれたのだそうだ。嬉しい!

康芳夫さんは「怪人」とでも言うべき人で、まさか出演して頂けるとは思っていなかった。

arban-mag.com


文字通り古き良き昭和の興行界を体現しているような存在である。
打ち合わせ場所は、赤坂にあるホテルオークラ別館のバー。
後日人から聞いた情報によると、康さんは取材を受けるときも打ち合わせするときも、かならずここと決めているらしい。
秘書の方と三人で会ったのだが、顔合わせも兼ねて軽く打ち合わせ下だけなのに、経費が9,500円もかかったのには参った。

具体的な出演料はその場では決めず、メールで交渉した。
ハッタリもあるのかもしれないが、「僕の出演料は最低10万円だよ」と仰られ、地の底に引き釣り込まれるような気持になったのは忘れられそうにない。
怖くなって返信のメールを確認する勇気がなく、一晩おいておそるおそる読んだのはいい思い出である。
このときは「メール確認専門の秘書が欲しい」と本気で思った。

f:id:yanvalou:20171118084821j:plainトークイベント終了後、出演者の方たちと。

多くのライターははてブの数とかリツイートの回数、ページビューの数字などでしか自分の仕事の手応えを得られない。
それよりも出演交渉の醍醐味や観客からのリアルな反応を得られるイベントの方が、ずっとおもしろいし、大きな高揚感を得られる。
もちろんいいことばかりではなく、不入りになれば赤字になるやも知れず、制作の過程で天にも昇る気持になったり、地獄に突き落とされたような気分になったり、気持はつねに上下しっぱなしである。
短い時間とは言え、戦場のような緊迫した世界に肩まで浸かっていた。
この8ヶ月間はまったく落ち着くことが出来なかった。
経営者や芸能人、アスリートなどはいつもこんな世界で生きているのだろう。

いずれにせよ、ライターが増えすぎてしまった現在、執筆業だけでやっていくのはリスキーだ。
ライター業の不毛さとか、社会とのつながり方の問題も考えると、これ一本でやっていくことに疑問を感じざるを得ない。
こう考えるのは僕だけだろうか?

稲の青、農機の赤、そして高座の金屏風

ども。檀原(@yanvalou)です。

8月末に岡山まで出向いたときの記事が Web上にアップされました。

稲の青、農機の赤、そして高座の金屏風。噺家はなぜ赤磐に根を張ったのか | 岡山県赤磐市 | 「LOHAI」(ロハイ) :

lohai.jp

噺家さんをフィーチャーしたため、バカっぽさと勢いを大事にして書きました。
いつもは頭から最後まで続けてかくことはないのですが、今回はそれこそ数年ぶりに最後まで通しで書き上げています。

概ね初稿の通りの原稿なのですが、「まちおこし」というミッションがあるため、ちょこちょこ直し(というか先方からの要望)が入っています。

調べれば分かることなので書いてしまいますが、「水田のカエルを狙ってヘビが出て、山からタヌキやキツネ、アナグマ、サル、シカも降りてくるとのこと」という記述が後半に出てきます。
じつはもっと大きくて凶暴な動物、具体的に言うとクマも市境に出るそうなのですが、これは削除されました。
この件は新聞に出たので簡単に調べられます。
僕はプラスイメージで捉えていましたが、世間的にはそうではなかったようです。

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また初稿の段階では、喜助師匠が赤磐に流れ着き、そのまま居着いたことを「沈没」と表現していました。流れ者であるバックパッカーがひとところに落ち着いて離れなくなることを「沈没」といいますが、それを援用した訳です。

ところが編集側から「落ちぶれたように感じるので控えて下さい」とのお達し。

雷門一門は、6代目が名人で、7代目がセコ(お粗末)、8代目(先代)が6代目の息子で巧かったので持ち直す、といった具合に揺れた歴史があります。
名古屋に移り住んで「落語界のシーラカンス」と言われた雷門福助は6代目の弟子、喜助師匠はその福助門下です。それこそバックパッカーのように「漂泊の血筋」が脈打つ一門です。

当時東京から失踪した師匠は「行方不明扱い」されており、つまりそれは「落ちぶれた」ということなのでは……と思ったりもしましたが、原稿はクライアント第一。こんなことで目くじらを立てていたら、仕事になりません。

そんなこんなで数カ所直しが入っています。
(珍しく文法上のダメ出しはありませんでした)

こんな具合に原稿の裏の部分に思いを巡らせながら読むと、ひと味ちがう読書体験が出来るかも知れませんね。

最後に記事に載せられなかった喜助師匠お気に入りのお寺「普門院」をご紹介して終わります。

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今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!

石巻から来た自由な女神

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2015年に「みちのくアート巡礼CAMP」というツアー型の合宿のようなものに参加しました。
主催団体は東京を代表する演劇祭「F/T Tokyo」のディレクターだった相馬千秋氏率いる「芸術公舎」。

「東北から思考する、新進芸術家・企画者要請集中ワークショップ」

と題してアーティスト・企画者育成事業で、この年から毎年夏に行われています。

「巡礼」をテーマに、東北地方を巡回しながらワークショップを開催。フィールドワーク、リサーチ、講師陣との議論を通じて、自らの作品プラン・企画プランを練り上げ、震災後の東北へ、アートでの応答を試みる、というのがその内容です。
この企画は、文化庁の「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」委託事業で、日程や場所は以下の通りでした。

期間:2015年8月2日(日)〜30日(日)
場所:福島県喜多方市、三春町、二本松市宮城県仙台市

art-junrei.jp

ここまでが前振りです。

このときいっしょに参加した東京芸大の学生(現在は同大学院グローバルアートプラクティス専攻)の村上愛佳の作品が、上野公園に展示されています。2017年4月17日~2018年2月20日頃までという長期展示です。
先日見てきたばかりですので、ご紹介したいと思います。

タイトルは「自由な女神」。

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この作品は元々石巻市にあった女神像を移設したものです。
有名な石ノ森章太郎を記念した「石ノ森萬画館」のすぐそばにあったのですが、311で被災し、下部が大破しました。
痛々しい姿をさらしながらも同地に立っていたのですが、復興が進むにつれて邪魔になり、所有者であるパチンコ屋の倉庫に眠っていました。
その後紆余曲折を経て、村上さんが譲り受け、「作品」として展示するに至ったわけです。

たまたまですが、僕は石巻にあった頃のこの女神像を見ており、写真も撮っていました。それが「作品」として展示されることになったわけで、不思議な縁を感じます。

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僕が石巻を訪れたのは震災の半年後。
瓦礫の撤去などだいぶ進んでいましたが、家々には被災の傷跡が生々しく、重機がフル稼働で障害物を撤去していました。住民が避難した家はゴミの捨て場のような様相を呈していました。

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さて女神像ですが、「なぜこれがアートなのか」という部分に関しては、お手数ですが各自で検索して納得いくまで調べてください。
いわゆる「レディ・メイド」とよばれるタイプの作品で、「これをアートとして扱うべきか否か」という議論を起こすのが狙いの作品と言えます(アート業界的には「芸術の概念の拡張を試みる作品」ということになるのでしょう)。

知り合い、しかもまだ20代の学生の作品が上野公園に飾られるというのは滅多にないので思わず書いてしまいました。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!

「どこかに所属することが性に合わない」という元バンドマンが会社を立ち上げた話

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2015年7月9日に取材した東京のセールスプロモーション会社「HITScompany」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。
記事の内容は取材時のものです。

 セールスプロモーション(以下「SP」) という業種がある。日本語では販売促進。消費者に企業の製品を知ってもらい、購入に結びつける宣伝活動のことだ。景品・試作品の提供、街頭キャンペーン、ビデオやポップなどをつかった売り場での陳列、販売店での無料体験コーナーの設置などさまざまな方法がある。マスメディアを使った宣伝広告もSP の一環である。

 東京・目黒に本社を構える「HITScompany」は、このSP に特化した企業だ。柱となる業務は、ショッピングセンターなどのブースで通信機器の販売促進をすることである。高速通信でおなじみの WiMAX などを、来店客に紹介。使いやすさや性能の良さをアピールして購買につなげるのだ。

 通常こうした業務ではアルバイトを派遣するイメージがある。しかし「HITScompany」では自社雇用の正社員を派遣しているという。今時の企業にしては珍しい。なんだか古き良き日本企業の姿を見るようだ。

 社員が店頭に立つ場所は1日平均10箇所。毎日違う場所に派遣するため、1月で300箇所程度カバーする計算になる。ほかにノウハウをシェアしているパートナー企業が十数社あるので、1年間でカバーする店舗数は膨大な数に上る。

 創業社長である吉澤卓郎氏に、SPの面白味を訊いてみた。

「SP は店舗を持たずに、既存の人が集まる場所に行く仕事です。集客がある場所と繋がりがありますから、新しい商品が入ってきたとき、適所で販売出来ることが強みですね。つづけていくことで拡がりが出てくる仕事です」

「HITScompany」が得意としているのは、新しいライフスタイルを提案することで商品に関心がなかった層を取り込み、顧客としてしまうことだ。いわばまったくの新規開拓である。

 同業他社の多くはターゲットとなる顧客のうち、7割を類似商品からの引きはがし、3割を新規開拓としている。しかし「HITScompany」の顧客割合は逆だという。ボリューム層は新規開拓だ。

「他社が出来ないことをやらないと生き残れません。社員たちと『新規開拓』と言い続けて少しずつ出来るようになってきました」

 継続は力なり。長く残ってくれた社員が軸となってノウハウを蓄積し、後輩たちに伝えることで会社全体の力が向上したのだ。

 吉澤社長は人と人との繋がりの重要性を理解している。したがって情報は社内ですべてオープンにしているそうだ。

 そのきっかけとなったのは、創業2年目の危機だ。同社の創業は2009年の3月。前職で SP を6年ほど経験していた吉澤社長は、当時日本でも販売がはじまっていたウォーターサーバーに手応えを感じ、数名の仲間と会社を立ち上げた。しかし創業2年目に入ると売上が上がらず、会社は危機を迎えた。

「そのとき会社の現状を社員たちに正直に伝えたんです。当時はまだ7、8名しかいない状態でしたが、『未来は見えている。ここだけ乗り越えればいける』と言って鼓舞しました。社員が一丸となってくれたお陰で乗り越えられたんです。あの危機を凌ぎきったことで、なにがあっても揺るがない強さを手に入れました。これがうちの強みになっています。良い転機になりました」。

 同社は独立も支援している。すでに3人の社長が誕生し、同社のパートナー企業として辣腕を振るっているという。

 現在同社が力を入れているのが、国内Wi-Fiレンタルの「カシモバ」だ。一時帰国中の日本人や来日観光客向けのWi-Fi 機器短期レンタルサービスである。

 もともと同社ではモバイル機器のSP を行っていた。あるときお台場で中国人観光客がブースのモバイル機器を指差し「レンタル、レンタル」というので試しに小さく始めたところ、かなりの反響が得られたのだった。

「在庫切れでどんどん追加発注している状態です。一般消費者だけでなく、法人からの申し込みもあります。電話対応がネックになるので日本語のサービスしかしていませんが、日本語の出来る海外の方からもご利用頂いています」。

 現在は経営者として会社を切り回している吉澤社長だが、元はバンドマンだったという。高校卒業後、上京してドラムを叩いていた。あるとき有名ミュージシャンのプロデュースでアルバムをつくったのだが、どうもしっくりこない。そのままバンドを脱退し音楽から足を洗った。就職も考えたが、どこかに所属することが性に合わない。SP の会社で責任者として3〜40名の面倒を見つつ、大学の通信教育で建築を学んでいたという。しかし単位を半分くらい取ったところでウォーターサーバーに商機を見いだし会社を設立。今に至っているのだそうだ。

「社員には『枠に囚われなくていいぞ』と言っています」という吉澤社長。大胆な転身を恐れない生き方からは学ぶことが多そうだ。

(株)HITScompany(かぶしきがいしゃ ひっつかんぱにー)
社長:吉澤 卓郎(よしざわ たくろう)
〒153-0064 東京都目黒区下目黒1-3-27 アセンド目黒ビル6F
https://www.hits-company.co.jp/

www.hits-company.co.jp

 蛇足になりますが……吉澤社長のバンド、ぜったいにビジュアル系だったと思います。顔が濃くて、一度見たら忘れられないくらい強い印象が残りました。なおトップ画像は著作権フリーのイメージ画像です。

作品作りをする前に入念に話し合う。そんな絵画教室の話

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2015年7月3日に取材した茅ヶ崎の絵画教室「コッテ」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。
記事の内容は取材時のものです。

「作品作りをする前にものすごく話し合いをします。自分はなぜこういった表現がしたいのか。楽しく描くためには、よく考えます」

 茅ヶ崎の自宅で絵画教室「コッテ(スウェーデン語で「松ぼっくり」の意)」を主催する後藤てるみ先生は語る。「コッテ」では「自分がやりたいことはなにか」について徹底して考えさせる。受講者は大人の割合の方が多い同教室だが、この方針は大人にも子供にも適用しているという。

 たとえデッサンする場合でも、この姿勢はおろそかにしない。構図や背景を含めた光の設定についてなど、徹底して話し合う。

 ガラス瓶ひとつ描くにしても、描き手のしっくり来る構図・色合いがあるので、自分のルーツを自覚することは大事だ。自分のなかの必然性がはっきり自覚できた方が、いい作品が出来るからだ。制作時間がながいと途中で気が乗らなくなることがあるが、作品と自分の関係が明確になっていればそうした危険性を回避することも出来る。

 この話し合い重視の原体験となっているのは、武蔵野美術大学3年次に体験したスウェーデンでの生活だった。日本ではとにかく手を動かすことを教えられたが、スウェーデンのアートカレッジで目の当たりにしたのは話し合いとプレゼンテーションを重視した美術教育だった。「コッテ」で先生が教えているのは、まさしく欧州流の教育なのである。

 講師が生徒のことを分かっていないと間違った指導をしてしまい「こんなはずじゃなかった」という悲劇に陥りかねない。だからピンポイントで的確な指導できるように、講師である私もあなたのことを知りたい。それが後藤先生のポリシーだ。

 出口が違えば、教える方向も変わってくる。

 ときどき「絵を描く力を仕事に活かしたい」という受講者がいる。しかし出口をアートに置くのか、それとも商業デザインを目指すのかによって、デッサンひとつとっても大きく違ってくる。アート指向の場合は「1枚の作品にする」ことに重点を置く。背景が暗闇だったり、ハイライト気味だったり、点描画で仕上げたりする。一方商業デザイン指向の場合は、背景は余白として空けさせ、とにかく見た物を見たままに、リアルに描写することをベースに指導する。

 ちなみに「コッテ」ではデッサンは美大受験と同じB3の画用紙に描くことが多い。受験のときの制限時間は6時間だが、コッテでは約8時間。しっかり時間を決めて、効率よく取り組む。

「最初に『すごく訓練された人で6時間の作業です』と説明します。終わらなかったら1時間ずつ延長して納得するまでやってもらっています」。

 話を聞いているだけで、教室の凛とした空気が伝わってくるかのようだ。

 話し合いと並んで後藤先生がこだわっているのが、「いろいろな作品を知ること」である。

「一口に『良い作品』と言われても具体的にイメージできないことが少なくないので、画集を見せながら授業をしています。画集はたくさん置いていますので、参考にしてもらっていますね。国内で開催されている展覧会のチラシも教室の壁に貼っています」。

 チラシは目玉になっている作品がセンスよく紹介されていることが多いので、見ていると勉強になるのだとか。併せて美術館へのツアーもミュージアムと連携して行っているという。

 さて作品を制作する動機や必然性を生徒に考えさせることを旨とする後藤先生だが、自身が絵画教室を運営する動機はなんだろうか。

 先生の根っこにあるのは「教室でもお店でも形にはこだわらないが、社会と繋がっていて、自分でトータルコーディネートできる空間が欲しい」という気持ちだという。アートスクールではなく、レストランやベーカリーの経営を志した時期もあるそうだが、最終的に武蔵野美術大学の油絵学科卒業で学芸員の資格保持者という経歴を活かして、絵画教室を始めたのだという。

美大時代は純粋な表現欲求を念頭に『美術とは何か』『アートとは何か』がテーマでした。当時の日本のアートシーンや、美術大学の授業形態自体に遅れを感じ、学生を集めて自分でアーティストトークや現代美術会議を開いたり、都内の主要なアートギャラリーを廻るツアーを開催していました。それと並行して、捨てられた板に吐き出すように思いっきり描いたり、パフォーマンス、映像、写真などあらゆるメディア(媒体)をつかって、『新しさ』を追求してつくりまくってました」

 しかし現在の後藤先生は、自分がアーティストになることばかり考えて生きていくことには価値を見出していない。教えることをベースとしながら、ゆくゆくはアートスポットとして「コッテ」から情報を発信していくことを考えているそうだ。

 後藤先生は、アーティストとして表現をつづけることと教室を運営することは、同じ地平線上にあるものだ、と語る。海の町、茅ヶ崎のアート拠点。茅ヶ崎は毎年若い移住者が増加しており、オシャレな雑貨店やカフェも多い。アートに対する需要や関心は潜在的に高そうだ。

 あなたが湘南在住なのだとしたら、後藤先生の活動を間近に見ながら、絵を通して自分への理解を深め自己表現を深化させていくことが、地元に愛着を持つひとつの方法になるかもしれない。

絵画教室コッテ
主催者:後藤てるみ(ごとうてるみ)さん
神奈川県茅ヶ崎市
http://artschoolkotte.tumblr.com/

artschoolkotte.tumblr.com

地中海地方を彷彿とさせるベンガラ色の街並みを訪ねて

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ども。檀原(@yanvalou)です。

岡山の山間にある村に取材に行きました。
通常であれば事前にアポ取りしていくのですが、このときの取材は実話系の仕事で10年前に一度電話口で断られています。
今回は予告なしで直接伺いました。
日曜日だったのですが、ご主人は外出中。
時間を置いて二日間にわたり、計6回ほど電話したのですが、連絡が取れず。
そこでご主人が帰宅しそうな時間を狙って、再度アタック。10年越しの念願が叶って見事、話が出来ました。

人から聞いた情報、電話での印象から田舎くさい人物を想像していたのですが、ご夫婦とも美男美女で都会の文化人みたいだったのでびっくり。
西日本の田舎は結構洗練されており、関東から行くと驚くことがあります。このときもそうでした。
ご主人は60歳くらいでスキンヘッドだったのですが、かつての映画スター、ユル・ブリンナーの機嫌がいいときを彷彿とさせるかっこよさ。
実際会ってみないと分からないものです。
今回の取材は立ちはだかる壁の一つだったので、お礼を言って門を出たときは天にも昇るような高揚感に包まれました。取材の醍醐味という奴ですね。

そんな取材の待ち時間、ご主人が帰宅するまでの時間を使って、県の西南部にある高梁市の「吹屋ふるさと村」を訪ねました。

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岡山で街並みが美しい場所と言ったら倉敷の美観地区の名前が挙がると思いますが、個人的には吹屋の方が圧倒的に印象深かったです。

ただし交通の便が悪い。高梁市内から車でかなり移動しなければなりません。ローカルバスでの移動は無理だと思います。
ふるさと村近くのパーキングで会話した熟年夫婦も「遠いですよね。わたしたちも“いつまで経っても着かないね”、と言ってたとこなんですよ」とぼやいていました。

しかし山深い辺鄙な場所にあるからこそ、この景観が守られたと言えるかもしれません。ほとんど隠れ里のようなロケーションですからね。

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地中海地方の写真を見ると、同系色でまとめられた美しい街並みに心が震えることが少なくありませんが、「吹屋ふるさと村」を訪ねれば同じ体験が出来ますよ。

今日の記事は以上です。
またのお越しを、お待ちしております!