メケメケ

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町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

上手より楽しく。子供たちの居場所になった絵画教室の話

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絵画教室アンファンゲン 前 友洋さん

2015年6月3日に取材した東京都立川市の絵画教室「アンファンゲン」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。

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「『大人向けの絵画教室を』と思っていました。近くに住む小学生の親御さんから『うちの子の絵に対するコンプレックスを取り除いて欲しい』と言われて子供向けのクラスも始めたら、子供の方が多くなってしまって」。

絵画教室(株式会社でもある)「アンファンゲン」代表・前 友洋さんは語る。

教室を始めたのは2010年。立川というと北口の「ファーレ立川アート群」が有名だ。「越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」の総合プロデューサーとして知られる北川フラム氏のディレクションにより、米軍基地跡地に36カ国・92人の作者による109の野外アート作品が並べられている。首都圏有数の「アートの町」といってもよい。しかし文化活動が盛んな北口とは対照的に、南口はぱっとしない。

「ここでなにかやろう」。

前さんは絵画販売の仕事の傍ら、マネージャーとして音楽と美術のサロンを経営した。しかし数ヶ月間様子をみたものの、どうもうまく行かない。周囲の後押しもあって絵画教室をはじめたが、いつしかそれが本業のようになっていった。

現在、教室は立川、狛江、横浜(青葉区)の3箇所である。中心となっているのは立川教室だ。前さんの住まいは狛江なのだが、4つの小中学校に囲まれた立川の教室が立地の面から集客に有利に働いているのだ。

「ありがたいことに、大手の体験講座と比べてからうちに来てくれるケースが多いんです。子どもたちが『こっちの方が楽しい』と言っているから、と選んでいただくことがよくありますね」。

「アンファンゲン」では、大人相手の教室でも子供の教室でも方針に大きな違いはない。上手より楽しく。時間内に終わらなくてもいい。絵に失敗はない。大人の方が上手に描くことに囚われる傾向があるという。

「小学生の絵には手を入れません。変化を持たせることに重きを置いていないんです。『こういうタッチにすると、こういう絵になるよ』などテクニカルなことは教えられますが、敢えて教えていません。『チューブの色はそのまま使わない。混ぜて使う』とか、ほんとうに基本的な部分にだけ口を出しています」。

子供が描きたいものは、極力描かせる。もしデッサンの時間に『進撃の巨人』を描きたい子がいたら、そのまま描かせるという。この話を聞いて思い出したことがある。

筆者にはニューヨークで子供相手に詩を教えている友人がいるのだが、生徒の中にテレビゲームの詩ばかり書いている子がいるそうだ。友人が「この子のことを考えると憂鬱になる。どうしたらいいだろうか」と意見を募ったところ「詩というのは書き手にとって一番興味のあることを書く表現だ。その子にとって、いま一番興味があるのはゲームなのだから、その子の態度は正しい」という意見が出され、友人がやり込められる、ということがあった。図らずも前さんは、同じ考え方を実践していたことになる。

「絵の否定は人格の否定につながります。例えばモノクロの絵を描いている子がいたとします。カラーで描かせたい、と思ったらこんなふうに言います。

『モノクロの絵がかっこいいのは知ってるよ。でもそこに1色足した実験的な絵を見てみたい』。

そう言ってその子のところから離れると、案外描いてくれるものです」。

前さんは「絵だけ教えていればいいとは思いません」と語る。

「ここだったらありのままで居られる」。子どもたちにそんな風に思ってもらえる場所にできたら。

前さんの語る絵画教室の姿は、学校の保健室のようだ。ここは一時的な避難所、息抜きできる場所なのだ。家庭で学校の話をしない子が、この教室の話をしてくれることがある。子供が「この教室が生きがいなんだよ」と言ってくれたこともあった。そんな教室なので、親御さんが我が子の絵を見て「こんな風に描くなんて」と驚きの声を上げることもあるという。

反面、特別な場所であるあまり、学校の友達は連れて来たくない場所でもあるらしい。立川教室が顕著なのだが、前述の通りこの教室は4つの小中学校に囲まれている。地元立川のみならず、国分寺や日野、府中から通ってくる生徒もいる。つまりこの教室で会う友達と普段の友達は接点がないことが多い。偶々教室で知り合いの子と出くわしたり、学習塾で絵画教室の子と一緒になったりすると、よそよそしい態度を取ってしまいがちになるという。

この傾向は子供特有のものではない。2年前、大人を対象に「友達紹介キャンペーン」をやったときのことだ。知人から「絵を習っているんだって? 紹介してよ」といわれた生徒が断りを入れたという。いつもいる環境の人には来て欲しくなかったから、というのがその理由だった。大人にとってもここは保健室。家庭でも職場でもない、第3の居場所。自分をリセットする安息所。いわゆるサードプレイスなのだ。

「アンファンゲン」がそう位置づけられるのは、堅苦しさがないからだ。床に寝そべりながら描いたり、ジュース、お菓子、軽食をたべながら自由にやって構わない。あそこへ行くと、ちょっと面白いね。お喋りしながら絵を描こう。子供たちにそんな風に思わせる何かがあるのだ。

もちろんケジメをつけるべき場面ではケジメはつけている。「男同士、これはやらないと決めようぜ」と約束するなど、きちんと子供と向き合って教室を運営している。

「爺さんになっても、この教室は続けたいですね」と前さんは語る。

「あと10年もしたら、子どもたちは酒が飲める年になります。『お絵かきおじさんの所へ行っていて良かったな』と、ときどき思い返してもらえれば」。

現在、立川教室だけで40人の生徒がいるそうだが、先生は前さん一人だけだ。しかし先生を増やす予定はないという。カリキュラムは前さんの頭の中にある。もし先生を増やしたら、カリキュラムを成文化しなければならなくなる。すると生徒たちに合わせた柔軟な授業が出来なくなる。まったく同じ教室を他人に任せることは難しい。似たような教室ならできるかもしれないが、それでは大手と変わりがなくなってしまう。この教室は美術系予備校とカルチャースクールの隙間を埋める存在なのだ。イラスト、水彩、油、デッサンなど絵画であれば、同時進行で面倒を見ている。

絵画教室を運営しつつも、前さんは画家としての自分をないがしろにしているわけではない。作品制作と並行しながら、会社員、ギャラリーオーナー、会社役員、株式会社アンファンゲン代表を歴任するなど、アーティストが自立するための可能性を追求してきた。

取材から数日して、前さんの作品が飾られているという鎌倉のカフェに立ち寄る機会があった。古民家の風情と相まって、前さんの絵は空間に確かな奥行きを与えていたのだった。

 

アンファンゲン絵画教室
担当者名:前 友洋(まえともひろ)
住所:東京都立川市羽衣町2-61-8
URL:http://school.anfangen.jp/

school.anfangen.jp

2017年5月23日、タイトルを変更しました。