メケメケ

メケメケ

町工場や倉庫がひしめく運河のほとりから、セカイに向けて書き綴るブログ。

ガラスの動きとメンタルな世界。己と向き合うガラス工房の話

f:id:yanvalou:20170430134712j:plain

2015年5月21日に取材した埼玉県川口市の「熊谷ガラス工房」の紹介文です。
お蔵入りしていたものを蔵出しいたします。
取材文のサンプルとして御覧下さい。
 ▼

「安価で高品質な昨今の量産品に背を向けて、汗を流し、時間をかけて技術の習得を目指すなんてのは変わり者なんでしょうね」。

ガラス工芸作家であるはずの熊谷周二さんは、そんな風に語った。

「それでも飽きることなく作りつづけているのは、その先に続く道が見えるからなのでしょう」。

 熊谷さんは作家として活動する傍ら、ガラス教室を主催している。ガラスというと取っ付きづらそうなイメージがある。しかしきちんとカリキュラムを組んで教えるため、コップ程度であれば、まったくの初心者であっても数回の授業で自分なりのカタチにできるところまで進むことができるという。

 日常生活を送っている限り、人は溶けたガラスに接する機会はない。参加者はまったく未経験のまま、体験講習に参加するのが常である。とはいえ適性は個人差が大きい。熊谷さんはこれまでに千人以上もの人に体験教室で接してきたそうだが、スポーツや専門職などそれぞれの分野で自己表現が出来ている人は、比較的ガラスの素材感にも適応しやすいという。

 熊谷さんにとって、教えることで多くのことを学び、社会との接点になっているそうだ。

「ガラス制作は足枷が多い世界です。自分の工房を構えるにあたって田舎に移ることも考えましたが、地方だと体験教室を維持するのは難しいですし。いまはガスボンベを6本使っているのですが、それもネックです。バカンス地だと制限がありますしね」。

 現所在地の川口市の南鳩ヶ谷は、中小の鉄工場が残っているなど、ガラス工房を開きやすい土地柄だった。都心へのアクセスが良いのも気に入っている点だという。

 ところであなたはガラス作家というと、どんな人物を思い浮かべるだろうか。

 彫刻家は骨ばった人が多く、一見してそれとわかりやすい人が多い。一方、ガラス作家の場合はこれといった平均像がないという。ステンドグラス、吹きガラス、電気炉を使う人という具合に手法によってタイプがバラバラだからだ。

「ガラスはイギリスで学んだのですが、キャンパス内では映像関係の生徒だと思われていたようです」。

 熊谷さんが学んだのはエジンバラにある美術学校だった。吹きガラスに必要な設備を十分に備え、博士号まで所得できる欧州では唯一の教育機関ということもあり、既にガラス職人として一人前になった人も学びに来るようなところだった。アカデミズム色がつよく、教授は作品のオリジナリティを重視した。チェコベネチアなどは古くから産業としてのガラス工芸は盛んなのだが、評価の対象はあくまでも伝統技術の継承であり、マイスターとしての技量だった。しかし、エジンバラで重視されたのは唯一無二のメッセージ性だった。

「なぜこの作品をつくったのか」。

 自らの着眼点を説明するための理論武装が要求された。「技術はよそで学んでくれ」とまで言われたという。イギリスでの体験から、熊谷さんは帰国後、逆カルチャーショックに見舞われたという。

 日本の美術や造形に関する教育は、「見て感じる」ことが重視される。受け手の感性に委ねられる部分も大きく、作品をつくる際も製作意図を言語化して説明することはほとんど求められない。熊谷さんはいまでもエジンバラ時代のひとたちとは行き来があるそうだが、英国流の「パーソナルな価値観の追求」が性に合っているのだろう。

「たとえば仮に年収が平均より少なかったとしても、自分の頭で考えて手を動かし、新たな価値を創造できれば、それなりに楽しくやっていけるはずです。

 脱サラして工房に入りたいとか、将来ガラス職人になりたい、という方から相談を受けることもありますが、工房を数箇所見学しただけで早々に見切りをつけてしまうケースが多いですね。そんな風に人生をかけてしまうより、たまの息抜きとしてガラスに向き合ったらどうでしょうか」。

 ガラスはシビアな世界である。技術の習得には30年かかるという。しかしそこまでしなくても、不定形なガラスを整形し、固形物として定着させていく過程はじゅうぶん楽しいものだ。ラーメンでもパンでもプロではない人が美味しいものを作っている。いきなり専業になる覚悟でガラスの世界に踏み込まなくても、ときおり作業するだけで得るものがあるのではないか。

「季節によって気温や気圧が変化すると火の廻りが変わるため、同じ作業をしても同じ結果にならないことがままあります。吹きガラスで息を吹き込むタイミングも、そのときどきで微妙に変えないと同じ結果になりません。これは人の領域で機械ではどうにもならない部分ですね。『そのアナログな部分がいいよね』という感性が必要な気がします」。

 熊谷さんはガラス製作をしていると、ときとして不思議な感覚を覚えることがあるという。一種ランナーズ・ハイのような、スポーツ選手が「ゾーン」とよぶ領域のような、特異な体験。それはガラスの動きと自分とが一体化する感覚だったり、スコーンと自我が抜け落ちるような感覚だったり。そういう時に限ってよい物ができるという。意味のないルーティンワークを繰り返すうちに、意味が要らなくなる。そんな瞬間を熊谷さんはひじょうに大切にしているそうだ。

 ここに書き記したような話を、熊谷さんは授業の後に生徒たちと語らうことが多いという。

「ガラスはメンタルな部分が多い世界です。受講者の方が自分と向き合う場になるといいですね」。

 ガラス工芸作家として、確固たる世界観を持っている熊谷さん。そのナイーヴな感性から目が離せそうもない。

熊谷ガラス工房
担当者名:熊谷周二(くまがい しゅうじ)
住所:埼玉県川口市南鳩ヶ谷5-8-4
URL:http://www1.cablenet.ne.jp/canari/

2017年5月23日、タイトルを変更しました。